現在、カタールで行われているFIFAワールドカップは、負ければ即敗退が決定するノックアウトラウンドに突入している。グループEを首位通過した日本代表は、12月5日に初のベスト8進出を目指してクロアチア代表と対戦した。
「3-4-3」の布陣で臨んだ日本は、前半43分に右コーナーキックの流れから前田大然が先制点を挙げる。今大会では初めてリードした展開で後半に入ったが、後半10分に左から入ったクロスボールをイバン・ペリシッチに頭で決められて同点とされた。その後、三笘薫や浅野拓磨らを投入した日本は追加点を狙いにいったが、相手ゴールは遠く1-1のまま90分間が過ぎた。延長戦になっても両者の得点は生まれず、ペナルティーキック(PK)方式で決着をつけることになった。そのPK方式で3本を相手GKに止められた日本は、1-1(PK:1-3)という結果となり、カタールの地から去ることが決まってしまった。
◆強豪国相手に善戦も…
試合後に森保一監督が「選手たちは新時代を見せてくれた」とコメントしたとおり、優勝経験国で強豪のドイツ代表とスペイン代表に勝利を収めた功績は称賛に値するし、目標のベスト8以上を達成できなかったからといって、世界を驚かせた結果は然るべき評価をされるべきだ。
日本はしっかりと戦略を練って挑めば世界のどんな強豪国を相手にしても勝ち得るレベルに到達したことを示してくれた。これまでは戦略があっても為す術なく負けていたが、それが勝つ可能性を見出せるようになった。これは日本が大きく成長した証であり、選手個々が力をつけた結果だろう。
しかし、当然ながら戦略・戦術を誤れば勝てないということだ。それが、まさにクロアチア戦だった。ドイツ戦もスペイン戦も、相手の良い部分を徹底的に消すことに重きを置きつつ、勝つために得点を奪う方法を見出した戦略だった。その結果として、3バックという布陣で守備を固めるという戦術が生まれた。クロアチア戦も同様の戦略で臨むと考えられたが、2つの成功体験を経て根本の考え方を忘れてしまい、手段であるはずの戦術が目的とすり替わってしまったように感じている。
◆最終ラインに5人並べる必然性は?
クロアチアの布陣は「4-3-3」でサイドから相手陣内深くへの進入を狙い、中盤選手のセンスを持ってゴールに迫るスタイルだ。また、守備時には屈強なセンターバックが壁となり、中盤の豊富な運動量でカバーすることを基本としている。
それに対して日本は「3-4-3」の布陣で臨み、ドイツやスペイン戦と同様に最終ラインに5人を並べるシステムで、素早く相手ゴールへ迫り得点を狙うというスタイルで挑んだ。守備を固める戦術を取ったが故に、相手にほとんど好機をつくらせず、前半終了時点で相手のシュート数を3本、そのうち枠内シュートを1本に抑えることができた。しかも前半43分には、右コーナーキックで直接ゴール前には放り込まずショートコーナーを選択。その流れから堂安律が入れたクロスを吉田麻也が触り、その落ちたボールに前田大然が飛び込み先制点を挙げた。ここまでは考え得る最良のシナリオだったのだろう。
実際に相手のストロングポイントである左サイドは、伊東純也と冨安健洋がマークを入れ替えながらうまく抑えており、名手ペリシッチにほとんど仕事をさせなかった。そもそも、最終ラインに5人を並べる布陣はドイツやスペインを相手に守りきっているわけで、他のどのチームを相手にしても守りきれるだろう。ただし、その布陣は少ない人数で攻撃しなければならないという短所を抱えている。これは前線に人数をかけてくるドイツやスペインが相手だと、後方に残っている人数が少ないので攻撃側が少ない人数でも優位に立てる可能性がある。
◆日本の縦パスを奪いボールを支配
だが、クロアチアは違う。「4-3-3」の布陣は攻撃時も「4-3-3」で、サイドバックが高い位置を取るとはいえ基本はMFが形成するラインに並ぶ程度の位置取りとなっている。また、相手の最終ラインと並ぶのは前線の3人のみというがほとんどのシチュエーションだった。
相手3人の前線に対して最終ライン5人で対峙し、相手のインサイドハーフであるルカ・モドリッチとマテオ・コバチッチにはそれぞれボランチの遠藤航と守田英正が対応した。クロアチアはボールを回しながら、相手陣内への進入を試みるビルドアップ時には、最終ライン4人と中盤の底を務めるマルセロ・ブロゾビッチで組み立てていたのだが、その5人に対しては前田大然、鎌田大地、堂安律の3人で対応した。
また、クロアチアは後方にその5人が残っているため、日本が素早い攻撃を仕掛けるスペースを埋めていた。サイドバックが上がった際もブロゾビッチを中心にその後方スペースをうまくケアしていた。さらに、出しどころが少ない日本の縦パスを奪いボールを支配していった。
そういった状況でも鎌田はうまく縦パスを引き出して、相手陣内へ押し込むきっかけをつくっていた。それでも鎌田から縦へ展開できるコースは浅野か堂安という2つしか選択肢がなかったため、相手にとっては想定内の攻撃しか仕掛けられず対応されてしまった。
そもそも前線3人に対して最終ラインに5人を並べる必要はあったのだろうか。相手をリスペクトしすぎた故の戦術なのか、グループステージでの成功体験に固執したからなのかはわからないが、クロアチア戦においては愚策となった。
それは失点シーンにも現れている。右サイドのアンドレイ・クラマリッチが中央へ切り込んだことで、右サイドバックのヨシプ・ユラノビッチが最終ラインに並ぶくらい高い位置を取る。そこからセンターバックのデヤン・ロブレンにパスが送られ、そこからゴールにつながるクロスが供給された。
◆ミスマッチをついてきたクロアチア
クロスの供給源となったロブレンには鎌田がプレッシャーに向かっていたが、遅れておりほとんど意味をなさなかった。遅れた理由として、鎌田はブロゾビッチ、ユラノビッチへの対応が主としたタスクで、そもそも担当外である。さらに、ユラノビッチが高い位置を取り長友佑都とマークの受け渡しを行ったため、中央に寄せられていた。とはいえ、相手の後方5人に対して前線3人で対応するという決め事だったため、ロブレンがフリーでボールを受けることは想定済みで、最終的にゴール前を固めていれば大丈夫といった心理だったことだろう。
実際に、このとき日本は長友が外に引っ張り出されていたとはいえ、相手2人に対してゴール前の最終ラインは4人で対応していた。守るには十分なシチュエーションだった。しかし、ボールはファーサイドへ送られて、うまくミスマッチをつかれる形になった。ゴールを決めたユラノビッチとマークについていた伊東の身長差は10センチほどあり、空中戦においてはミスマッチとなる。しかも、そもそも伊東はディフェンスの選手ではなく、放り込まれたボールを競り合って対応することなどこれまでのキャリアの中でもほとんど経験したことがなかったことだろう。対応しろというのは酷である。あの位置から強烈なヘディングシュートができるのは、そもそもスーパーなゴールなのだが、それ以前の段階でミスマッチをついたのはクロアチアの狙いどおりだろう。
その後は冨安がうまくカバーして事なきを得たが、あの場面を切り出して主張すれば最終ラインは4人で十分だった。同じ先発メンバーで冨安を右サイドバックに置き伊東をひとつ前のポジションに置くと、失点シーンでは日本の数的優位性は保ったままでミスマッチも生じさせないという状況を生み出せた。最終ライン4人の「4-2-3-1」という布陣であれば、相手サイドバック、センターバック、中盤の底への対応という役割をはっきりとさせられており、クロスさえ入れさせなかったのではないかと考えている。
しかも、「4-2-3-1」であれば縦パス後のパスコースも増え、もっと攻撃機会をつくれていたことだろう。さらにはボール支配率も上がり、もっと楽に戦えていたはずだ。しかも、ビルドアップ時におけるクロアチアのプレッシャーはドイツやスペインに比べると厳しいものではなく、現在の日本代表選手らであれば十分に回避できるレベルだったように感じる。
その後、選手交代で三笘を左サイドに酒井を右サイドに据えたが、そもそも攻撃に参加するスタート位置が低いうえに、前線で時間をつくれないため高い位置取りすらも難しい状況だった。しかも、高い位置で受けたときには、必ず相手は複数人で対応してきた。それではストロングを生かせない。三笘投入と同時にシステム変更がなされなかったことについて疑問に感じる采配となった。
◆トレーニング不足を感じたPK
選手交代をスイッチに攻撃に転じる形は、グループステージで培った日本のスタイルだ。なぜ、それを発動させなかったのだろうか。個人の力だけで攻撃に転じられるとでも考えていたのだろうか。延長戦に入り依然として攻撃の形は見えなかったので、日本は引き分け狙いでよほどPK方式に自信を持っているのだろうと感じたほどだった。蓋を開けると、お世辞にも相手を研究してトレーニングしてきたとは思えないPKで、3本を止められて敗退が決まった。PKに関しては責めるつもりは全くない。試合中のキッカーでないかぎりは、こういったノックアウト方式のときにしか蹴らないもので、大半の選手は無縁なのである。高校サッカーとかであればノックアウト方式がほとんどで、PK方式の練習をしっかりとしているチームもある。しかし、日本代表の面々はプロであり、基本はリーグ戦を行っている。よってPKを蹴る機会は数年に一度といった状況だったことだろう。その状態で自ら立候補して蹴る、しかも世界最大級のプレッシャーがかかるあの大舞台で蹴ったのだから、その勇気たるや称賛こそされ批判されるものではない。
ただ、所属クラブで普段から蹴っているキッカーもおらず、練習もほとんど取り組んでいない状況であったにもかかわらず、PK方式になる前に勝ちにいかなかったのは理解し難い。PKになれば負けるという崖っぷちであれば、もっともっと攻撃的な采配はできたはずだ。
クロアチア戦に限っていえば、自チーム選手たちの力を見誤ったがための敗戦だったように思える。守備面では、必要以上の人数をかけなければ守れないシステムにした。攻撃面では連動・連係しづらいシステムとして、個の力に頼りきった。そしてトレーニングもしていないPK方式に勝敗を委ねた。守備においてはもっと個の力を信じたほうが良かったし、攻撃においては得意な形をつくりやすい状況をつくれるように戦術でサポートすべきだった。相手がどうこう以前に自分たちのチームの力を見誤れば、戦略も見誤ってしまうことを示した試合になってしまった。
◆攻撃選手が見せた献身的な守備も
今大会における日本の戦略は、守備面では相手の長所を徹底的に消して、攻撃面では限られたなかでもストロングを演出するというものだったと考えている。勝利という目的を達成するために、選手らは一丸となり献身性を持って仲間を助け合った。加えて、与えられたタスクを高精度で遂行するために、滅私に徹して粘り強く戦った。その姿は我々日本人が大切にしている精神を思い出させてくれるもので、日本人らしいサッカーを展開していると誇りに感じるものだった。特に、攻撃的な選手は普段は担わない守備的なタスクを強いられ、内情はフラストレーションを蓄積していたことだろう。それでも不満を露わにはせず、目的達成のために着実にタスクを遂行した。
強豪国と言われるチームはいずれも自らのスタイルを確立し、どんな相手であろうと基本的にはそのスタイルを崩さない戦い方をする。ベスト8以上を目指すうえではそういったスタイルの確立、日本人らしいサッカーの構築が必要と、今大会が始まるまでは考えていた。しかし、今大会の戦い方を見て、献身性や自己犠牲の精神を持ってスタイルを変えていけるのが、日本人らしいサッカーなのではないかと考えを改めさせられた。スタイルは時代とともに変化するが、精神は恒久的なものだ。その精神に加えて器用さを持って、複数のスタイルを高水準で構築できるのが日本の強みになるのではないかと思わされていた。
実際にアジアの代表となるチームは、予選ではボール支配率の高い強者としての戦い方を求められるが、本大会においては逆転して弱者の戦い方が求められる。これまでは、それがデメリットと言われ続けたが、今大会ではそれがメリットとなる布石を打てたように思える。
そういった可能性を感じたからこそ、相手に合わせた戦術に変更しなかったことを残念に思う。また、可変的な戦術スタイルが今後の日本のスタイルになり得るか証明するためにも、叶うならばもう一度やり直してほしい試合だった。
文/川原宏樹 写真/日本雑誌協会
【川原宏樹】
スポーツライター。日本最大級だったサッカーの有料メディアを有するIT企業で、コンテンツ制作を行いスポーツ業界と関わり始める。そのなかで有名海外クラブとのビジネス立ち上げなどに関わる。その後サッカー専門誌「ストライカーDX」編集部を経て、独立。現在はサッカーを中心にスポーツコンテンツ制作に携わる
(出典 news.nicovideo.jp)
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