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    カテゴリ:ナショナルチーム > イタリア



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    EURO2012準決勝ドイツ戦、2点目を決めてピッチ上で仁王立ち

     マルセイユの元イタリア代表FWマリオ・バロテッリは10代の頃から凄まじいサッカーセンスとともに“悪童”として名を馳せてきたが、本格的にその名を世界に知られるようになったのは、2012年の欧州選手権(EURO)準決勝ドイツ戦(2-1)での衝撃的な2ゴールだろう。約7年が経ち、その際に見せた異色のゴールパフォーマンスに英メディアが再脚光を当てている。

     バロテッリインテル時代の2007年17歳セリエAデビューを果たした。その後はマンチェスター・シティミランリバプールビッグクラブを渡り歩き、16年からはニースに所属。今年1月には日本代表DF酒井宏樹も所属するマルセイユに移籍している。

     その波乱万丈なキャリアのなか、現在でもハイライトの一つと言えるのがEURO2012準決勝ドイツ戦での2ゴールだ。前半20分にヘディングで先制ゴールを挙げると、同36分にはカウンターから抜け出して衝撃的な弾丸シュートを叩き込んだ。2点目はドイツ代表GKマヌエル・ノイアーが一歩も動けない強烈な一撃だったが、ゴール以上のインパクトを残したのが、そのゴールパフォーマンスだろう。

     バロテッリゴールを確認すると、ユニフォームを脱ぎながら走り出すかのように見えたが、脱ぎ終わった途端にストップ。鍛え上げられた肉体美を誇示するかのように仁王立ちし、祝福のために抱きつくチームメートたちを受け入れた。ピッチのど真ん中で直立不動となるパフォーマンスは異例かつ新鮮で、世界中で話題を呼んだ。

     英サッカー専門メディア「Squawka」は「2012年6月28日バロテッリドイツ戦で2得点を挙げてイタリアEURO決勝に導いた。そして象徴的かつ現代的なセレブレーションが生まれた」と記し、バロテッリの“仁王立ち”パフォーマンスの写真を投稿。返信欄には「この画像も加工されているように見えるほど、何回も見た写真だ」「現代文化となった男」「ここ10年で最高のセレブレーション」と7年前の“事件”に対するノスタルジーも含めた反応が寄せられた。

     キャリア的にベテランの域に達しつつあるバロテッリだが、まだまだ老け込むような年齢ではない。マルセイユでは酒井らを巻き込んでスマートフォンを使った“自撮りセレブレーション”を敢行するなど、プレー以外でのキレも抜群。来季以降の活躍にも期待したいところだ。(Football ZONE web編集部)

    EURO2012準決勝ドイツ戦でみせたイタリア代表FWバロテッリのゴールパフォーマンスに再脚光【写真:Getty Images】


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     U-21欧州選手権が開幕し、ホスト国のアッズリーニ(イタリア代表のアンダー世代の愛称)は、ボローニャの本拠地レナート・ダッラーラスペインを迎えた。ボローニャは2003-04シーズン中田英寿が印象的なプレーを披露した地だ。そして今、日本人サッカーファンにとってはホットな場所でもある。それはベルギーのシント・トロイデンに所属する冨安健洋に、ボローニャ移籍の噂が持ち上がっているからだ。

     スタジアムは、試合開始前から異常な盛り上がりを見せる。イタリアは最多5度の優勝を誇るが、2004年から15年も優勝から遠ざかっているため、ファンは優勝に向けてこの一戦が持つ意味を十分に理解しているようだ。

     イタリアベストメンバーを組んできた。12日にユーロ2020予選のボスニア・ヘルツェゴヴィナ戦に出場していたニコロ・バレッラ(カリアリ)が先発に名を連ねるなど、A代表組6人すべてがピッチに立った。日中は32度以上の気温があり、夜になっても25度、さらに湿度が高い中で始まった試合は、後方からボールをつなぐスペインに対し、イタリアが前線からハイプレッシャーをかける。5分までは拮抗した試合展開となるが、次第に細かいパスをつなぐスペインに主導権を握られ、イタリアボールが取れない時間が続く。

     すると、ルイージ・ディ・ビアージョ監督は、「4-3-3」から「4-3-1-2」にシステムを変更。ニコロ・ザニオーロをトップ下に置き、2トップにモイーズ・キーン(ユヴェントス)、フェデリコ・キエーザ(フィオレンティーナ)を配置する。しかし、先制したのはスペインだった。9分、ダニ・セバージョス(レアル・マドリード)へのマークが甘くなり、カットインから見事なゴールを叩き込まれる。GKアレックス・メレトはノーチャンスだった。急造チームということもあり攻撃で単調なプレーが多かったが、この場面では守備も組織的なプレーができず。皮肉にもA代表で主力のバレッラが対応を誤った。

     その後も劣勢に立たされたイタリアは元の「4-3-3」に戻し、68パーセントの支配率までボールポゼッションを高めるスペインに対し、ファウルギリギリの守備で対応。それでも、耐えたことで次第にイタリアに流れが傾きかける。31分には主将のロランド・マンドラゴラウディネーゼ)がこの試合初めてのシュートを放つ。その2分後には、キーンが初のCKを獲得。キーンはポストプレーから前を向いて独力で突破するなど、このレベルでも違いを生み出していた。

     迎えた35分、イタリアに待望の同点ゴールが生まれる。ザニオーロが起点となり、バレッラが左に絶妙なピンポイントロングフィードを放つ。パスを受けたキエーザが左サイドから縦に突破を図り、そのままニアにシュートを放ってネットを揺らす。2万6000人の観衆は大歓声。レジスタンスの歌、ベッラ・チャオさらば恋人よ)の熱唱がスタジアムに鳴り響き、イタリアメンバーに歓喜の輪が広がった。GKウナイ・シモン(アスレティック・ビルバオ)がポジショニングを誤った感もあるが、突破力が生きたゴールだった。

     その後もイタリアは相手陣内でプレーを進めて攻勢を仕掛けるが、41分、GKとの接触時に顔面を負傷していたザニオーロが痛みを訴え負傷退場となってしまった。代わって、地元ボローニャでプレーするリッカルド・オルソリーニが登場。熱狂的な大声援を受けるが、前半はボールに絡めないまま終わった。

     スペインは後半から、ナポリプレーするファビアンルイスを下げてミケル・メリーノ(レアル・ソシエダ)を投入。イタリアは56分、キーンに代わりパトリック・クトローネ(ミラン)がピッチに送り込まれる。すると63分、このクトローネがエリア内でねばり、ゴール前にこぼれたところをキエーザが豪快に叩き込み、イタリアが逆転に成功。A代表でも活躍するキエーザが2点目を決め、試合をひっくり返した。

     スペインは選手交代で反撃を試みるが、流れはイタリアだ。80分には試合を決定づける追加点が生まれる。クロスに入り込んだロレンツォ・ペッレグリーニ(ローマ)がペナルティエリア内でソレールに倒されると、一度は流していた主審がVAR(ビデオアシスタント・レフェリー)の助言を受けて映像を確認。そしてイタリアにPKを与えた。これをペッレグリーニが冷静に沈め、イタリアリードを2点に広げた。その後は危ない場面を作らせず、3-1でグループA最大の難敵に勝利を収めた。

     個の力が目立った試合ではあったが、アグレッシブな守備と、前線からの激しいプレスで序盤の劣勢をはねのけ、戦う気持ちを90分間、持ち続けて戦っていたことが最大の勝因だろう。そして、観衆が終始送り続けた大声援も、アッズリーニにとっては大きな力となった。2万6000人以上の観客数を感じさせるような印象的な大声援で、ディ・ビアージョ監督が称賛するほどだった。

     2ゴールを挙げた殊勲のキエーザは試合後、「今夜の試合はスペインに対し、素晴らしいイタリアだった。出だしは苦戦を強いられたけど、僕らは強い気持ちを持って、とても良いプレーをして、試合をひっくり反すことができた。絶対に諦めないということを示せたよ。ゴールは家族、恋人、そして僕を支えてくれているすべての人に捧げたい」と喜びのコメント。そしてチームの一体感を強調した。

    「これから、さらに重要な試合について考えていきたい、U-21のチームはみんなとてもうまくいっている。みんなが一体となって一つの道を歩んでいる。A代表に行く機会を得たメンバーもいるしね。僕たちにとって、(A代表で)偉大な選手たちと一緒にプレーすることは誇りだ。しかし、この代表に選ばれたら、全力を出さなければいけない」

     次戦の相手は、3-2でベルギーに競り勝ったポーランド。まだ、落とせない戦いは続く。

    文=佐藤徳和/Norikazu Sato

    2ゴールを決めたU-21イタリア代表のキエーザ [写真]=Getty Images


    (出典 news.nicovideo.jp)

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     イタリアは本気だ。イタリアサンマリノで開催される第22回U-21欧州選手権が16日に開幕。2020年東京五輪予選を兼ねた大会で、2週間にわたり、若者たちの熱い戦いが繰り広げられる。イタリアU-21欧州選手権を開催するのは初。1990年ワールドカップ以降、イタリアの複数の都市で開催される初めてのビッグイベントでもあるから力を入れないわけにはいかない。もう一つ、本気になる理由がある。2018年ワールドカップ本大会出場を逃し、サッカー大国としての誇りを踏み潰されたからだ。カルチョの国は、復権を目指し、威信をかけてこのタイトルを狙う。それは、6日に発表された招集メンバーを見れば一目瞭然だ。

     A代表にも名を連ねるフェデリコ・キエーザ(フィオレンティーナ)、モイーズ・キーン(ユヴェントス)、ニコロ・ザニオーロ(ローマ)、ニコロ・バレッラ(カリアリ)、ロレンツォ・ペッレグリーニ(ローマ)、ジャンルカ・マンチーニ(アタランタ)らを呼び寄せた。このアッズリーニ(イタリア代表のアンダー世代の愛称)であれば、頂点に立つことができると胸を躍らせずにはいられないだろう。

     ワールドカップで4度の優勝を誇るイタリアは、U-21欧州選手権においては5度の優勝を成し遂げた最強国である。パオロ・マルディーニの亡き父、チェーザレが指揮したチーム1992年大会から3連覇を達成。2000年大会では、3ゴールで得点王とMVPに輝いたアンドレピルロを擁して王座奪還。その4年後には、アルベルト・ジラルディーノが4ゴールマークして、こちらも得点王とMVPを獲得。イタリアを5度目の優勝に導いた。しかし、この大会以降、イタリアは優勝から遠ざかる。2013年には9年ぶりに決勝に駒を進めたが、アルバロ・モラタ、イスコティアゴ・アルカンタラらが大活躍したスペインの前に2-4で敗れた。2017年の前回大会は、グループリーグで、最終的に優勝することとなるドイツを倒し首位突破したものの、準決勝でサウール・ニゲスにハットトリックを許し、スペインに1-3と敗れて涙を呑んだ。

     今大会は、開催国イタリアのほか、スペインポーランドベルギードイツデンマークオーストリアセルビアクロアチアイングランドフランスルーマニアの12カ国が出場する。ワールドカップ常連のサッカー強国が揃う厳しい大会だ。しかも、欧州に与えられた五輪出場枠はわずか「4」。3つに分けられたリーグの首位と最も成績の良い2位が、準決勝に進出すると同時に五輪出場権を得る(五輪出場資格のないイングランドベスト4に進出した場合、五輪出場枠を争うプレーオフが行われる)。

     グループAに所属するイタリアは、大会初戦で優勝候補の一角スペインと対戦する。カルロス・ソレール(バレンシア)、ミケル・オヤルサバル(レアル・ソシエダ)、ファビアンルイスナポリ)といったいずれもA代表を経験し、市場価値は5000万ユーロ(約61億円)を上回るとも言われるプレーヤーを抱える。予選では北アイルランドに敗れ、不覚を取ったが、10試合で31得点を叩き出した凄まじい攻撃力を武器とする。

     19日の第2戦目はポーランドを迎える。予選はデンマークに次ぐ2位で終えたが、ポルトガルとのプレーオフを制して勝ち上がってきた。警戒すべき選手は、デュッセルドルフプレーするストライカー、ダヴィド・コフナツキだろう。この代表の主将を務め、今年1月まで1年半、保有権を持つサンプドリアプレーしており、イタリアを熟知している。

     そして、22日の最終戦はベルギースウェーデントルコといった難敵と戦った予選を無敗で突破した。トップ下を務めるヤリ・ヴェルスハーレン(アンデルレヒト)は18歳ながら、すでに今シーズントップリーグで21試合に出場している。近年、有望な選手を数多く輩出してきたが、このヴェルスハーレンも近く移籍市場で関心を集めることとなる選手だ。

     イタリアはこの3チームに3勝しなければならないだろう。最悪でも2勝1分けの成績でグループリーグで終えることが必要だ。2位となれば、ほかの2つのリーグの成績を見なければならず、他力本願となる。スペインとの初戦から、決勝トーナメントのような戦いが始まる。

     2013年からU-21を指揮するルイージ・ディ・ビアージョ監督のチームは、5月29日から6月8日まで、ローマにあるラツィオトレーニングセンターで一次キャンプを行った。そして、26人の選手を絞りこんだ上に、A代表組を招き入れ、23人のメンバーを選択。冒頭に綴ったA代表組に加え、U-20ワールドカップイタリア代表の主将を務めたアンドレア・ピナモンティ(フロジノーネ)もメンバーに入った。A代表組とピナモンティを除くメンバーで10日から二次キャンプスタート。今度はボローニャのトレーニングセンターに移動し、16日のスペイン戦に向けて、最終調整を行っているところだ。

     このチームの中心メンバーとして17試合に出場してきたマヌエル・ロカテッリは「この2年間の集大成として、ケーキの上にサクランボを乗せて仕上げたい。ホームプレーできることはアドバンテージだ。熱狂的な声援を得られるからね」とホームでの戦いが有利に働くと強調する。12日には、ユーロ予選を終えたA代表組6人に加え、準決勝で敗退したU-20組のピナモンティが合流。ここに23人の招集メンバー全員が揃うこととなった。初戦のスペイン戦までは時間がないが、A代表組が出場することも考えられる。しかし、ネームバリューにこだわらず、コンディションを見極める必要があるだろう。システムは「4-3-3」が有力視される。ズデネク・ゼーマンの影響を強く受けた指揮官は、攻撃的サッカーを標榜。両サイドバックが上下動を繰り返す、アグレッシブサッカーが見られるはずだ。

     イタリアサッカー連盟のガブリエーレ・グラヴィーナ会長は「優勝すること、五輪出場権を得ることが目標。五輪に初めて女子のチームと一緒に出場できるようなことになれば、それは素晴らしい夢だ」と意気込む。そして、ディ・ビアージョ監督は「目標は、15年ぶりの優勝だ。グループも大会形式も難しいが、我々の目標は欧州制覇。誰もが私に優勝を要求している。私の追い求めるものも、まさに優勝だ」と目標を明確に語った。

     16日のスペイン戦のチケットは、最も高額な席が8ユーロ(約980円)とあって、すでに完売に近づいている。初戦は3万6462人の収容能力を持つボローニャのレナート・デッラーライタリアの矜持を取り戻す戦いが始まる。

    文=佐藤徳和/Norikazu Sato

    U-21欧州選手権に臨むイタリア代表 [写真]=Getty Images


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    ジャンルイジ・ブッフォン 写真提供:GettyImages

     今シーズン限りでパリ・サンジェルマンを退団することになった元イタリア代表GKジャンルイジ・ブッフォンが来年開幕する東京オリンピックに出場する可能性が浮上した。イタリア紙『ガゼッタ・デッロ・スポルト』が報じている。

     現在、現役続行へ向けて新天地に関する報道が盛んに報じられているブッフォン

     そんな中、同紙によるとブッフォン東京オリンピックオーバーエイジ枠として出場し、金メダルを獲得して引退することを思い描いているようだ。

     しかし、まだイタリア代表の出場は決定しておらず。今月16日に開幕する欧州U-21選手権でベスト4入りすると東京オリンピック出場権を獲得できる。

     先日には、ベルギー代表FWエデン・アザール東京オリンピック出場を希望していると伝えられていたが、果たして同大会でビッグネームの出場は実現するのだろうか。



    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 livedoor.blogimg.jp)



     5月14日。この日はロマニスタにとって、心悲しく、辛く、長い一日となってしまった。

    「ダニエレ・デ・ロッシ、スタディオ・オリンピコでのパルマ戦が我々のユニフォームを着用してのラストマッチ」。現地時間午前8時、突然の公式発表だった。

     選手としてのデ・ロッシとローマの関係は今シーズンをもって終了となることがアナウンスされた。契約は今シーズン限りとなっていたが、延長の可能性も伝えられていた。しかし、それは叶わぬものとなった。フランチェスコ・トッティローマの王として君臨した時代、デ・ロッシは“カピタン・フトゥーロ”と呼ばれていた。「未来の主将」を意味する言葉だ。トッティの後継者として、ローマの牽引者となるものと思われていたが、その時代はトッティ引退からわずか2年で終焉を迎えることとなった。トッティ引退と同じ5月、ロマニスタたちはもう一人の偉大なカピターノのクラブ退団に涙した。

     退団発表から4時間後、ローマトレーニングセンター、トリゴリアでは退団会見が行われ、そこにはサプライズがあった。退団会見としては異例とも言える、チームメイトたちの姿があったのだ。彼らは全員が“DE ROSSI”とプリントされたユニフォームを身に纏っていた。そこにはデ・ロッシが愛用する背番号16ではなく、アラビア数字の“8”を横にした「限界のない」を意味する∞(無限)が記されていた。クラウディオ・ラニエリ監督は姿を現さなかったものの、トッティの姿も見られた。デ・ロッシは戦友たちと熱い抱擁を交わした。その中の一人、トッティ、デ・ロッシと同じ生粋のローマ人で副キャプテンのアレッサンドロ・フロレンツィは、状況が飲み込めず、抜け殻のような表情を見せていた。その表情が選手全員の心境を代弁しているようだった。

    ◆■なぜ退団…?

     同席したグイド・フィエンガ・クラブ最高経営責任者(CEO)が退団の経緯を説明した。「昨日ダニエレと会い、クラブは来シーズン、選手として契約更新をしない決断を下したことを伝えた」。事実上の戦力外通告だった。フィエンガCEOは続ける。「クラブの組織の一員となって欲しいことを伝えた」。けれども、デ・ロッシが下した決断は、2001年からプレーした愛するローマに別れを告げ、現役を続行することだった。

    「昨日、クラブの方針を聞いた。自分は間もなく36歳になる。バカではない。サッカーの世界で生きてきた人間だ。そういうことだと理解していた。1年、あるいは10カ月、クラブから契約更新の話がなければ、理解できるだろう。それがクラブ経営というものだ。自分はいつも契約については多くを語らなかった。多く話すことは好きではないし、話すことは何もなかった。それから、チームサポーター、すべての人たちの気を散らすような騒ぎも起こしたくなかった」。自らの口で、契約を延長されなかったことを明かした。

    クラブの決断は受け入れ、遵守しなければならないもの。これ以外の方法で、ローマの街を去ることは自分にはできない。まだサッカープレーヤーだと感じているし、この1年、そう感じてきた。フィジカルに問題はあるが、まだ続けたい。今、現役を退くことになれば、それは間違いとなるだろう」と現役続行の意思があることも明確に示している。そして、現役引退後の去就についても語った。

    「常に言ってきたが、監督をやってみたいと思っている。そのために指導法を学びたい。幹部職についてはあらゆる面から、とりわけて自分を魅了するものはないが、このローマでは別の意味合いを持っている。物議を醸すわけではないが、私よりも先に幹部職についた人物を見てきたが、まだ、それほど影響を及ぼすようなことはしていない。我々が良く知る環境において、ほとんど何かがなされたことはない。厄介な仕事はフランチェスコに任せたい。これから彼ができる限りの権限を持つことを願っている。いつか自分の考えが変わったら、彼の仕事に加わることになるだろう」と将来的には指導者の道を歩みたいとの意向を示すと同時に、トッティがまだクラブにとっての象徴的な存在でしかないと指摘した。

     この2年の間にトッティとデ・ロッシ、二人のバンディエラがローマを去ることとなったが、幸いにもローマには、クラブ生え抜きの後輩が存在する。フロレンツィとロレンツォ・ペッレグリーニだ。前者は11歳から、後者は9歳からローマプレーしてきた。

    「アレッサンドロとロレンツォが後継者となるだろう。だけど、自分やフランチェスコのことを真似る必要はないんだ。クリスタンテはローマ人ではないが、ピッチの上で全身全霊を捧げることができるだろう。ローマにはプロフェッショナルが必要だ。そして、もしその選手がローマ人であれば、ラッキーなことだね」。昨夏に新加入したブライアンクリスタンテに期待を寄せていることを明かしたデ・ロッシは、クラブからたった一日前に契約更新をしない旨を伝えられたにもかかわらず、終始、穏やかで清々しい表情を浮かべていた。会見で語ったように、すでにローマを去る覚悟がしばらく前からできていたのだろう。会見後、デ・ロッシはチームメイトたちと午後のトレーニングに向けて、グラウンドに足を運んだ。

    ◆■理想的なカピターノ

     デ・ロッシは、ローマの中心地から約30キロ離れた古代ローマの港町、オスティアの生まれだ。父、アントニオもプレーした地元のクラブ、オスティアマーレに所属。そして16歳で、アントニオが下部組織の指揮官を務めていたローマに移籍した。すぐに頭角を現し、2001年10月30日チャンピオンズリーグアンデルレヒト戦でデビューを果たす。18歳の時だった。それから、カテゴリー別のイタリア代表にも選出され、2004年のアテネ五輪に出場。日本戦で豪快なオーバーヘッドキックを叩き込むなど、銅メダル獲得に貢献している。

     ローマでは、トッティの786試合に次いでクラブ歴代2位となる公式戦614試合に出場。セリエAでは458試合出場48ゴールの記録を残した。チャンピオンズリーグに限れば、クラブ歴代1位の61試合でピッチに立っている。しかし、スクデット獲得には手が届かなかった。コッパ・イタリアを2度、スーペル・コッパを1度制しただけ。デ・ロッシほどの実力者にはあまりにも寂しいタイトル獲得数だ。それでも、世界王者となった2006年ワールドカップではチーム最年少選手として歓喜の美酒を味わった。ただ、グループリーグアメリカ戦でブライアン・マクブライドに肘打ちを見舞って4試合の出場停止を受ける愚行を犯しているが……。もっとも、ピッチの上では決して優等生とは言えず、代表とクラブのキャリアで実に通算15回も退場処分を言い渡されている。勝利にこだわりすぎる気質ゆえ、時に常軌を逸した振る舞いを見せることも多々あった。宿敵ラツィオとのローマ・ダービーでは、興奮を抑えられず、自制できなくなり、途中交代を命じられることもあった。それでも、デ・ロッシがゴールを奪えばオリンピコは熱狂の渦に包まれた。顔を紅潮させながら咆哮し、歓喜を爆発させる雄姿を見れば、同じピッチに立つ仲間もティフォージヒートアップしないわけにはいかないだろう。

     イタリア代表では、歴代4位となる117試合の出場数を誇る。パオロ・マルディーニに次ぎ、アンドレア・ピルロを上回る堂々たる記録だ。そして、21度もネットを揺らした。これはトッティの9ゴールに勝る数字だ。ローマだけでなく、アッズーリでも大きな痕跡を残している。

     幼少期はサイドバックからスタートし、フォワード、トレクアルティスタ(トップ下)、そしてセントラルミッドフィルダーとポジションを変えてきた。戦術理解度が極めて高く、緊急時には、センターバックもこなすマルチロールで、ピンチの場面では体を投げ出してゴールを阻止。時には、ピルロのような前線への寸分の狂いもないフィードを供給するなど、攻守に不可欠なプレーヤーとして多くの監督から重宝される選手だった。しかし、プレー以上に評価されるべきものは、ピッチの上の存在感だろう。劣勢の場面でチームメイトを叱咤激励し、鼓舞した姿が目に焼き付いている。カリスマ性を持ち合わせた理想的なカピターノだった。

    「ダニエレとローマの選択に口を挟むことはないが、ロッカールームでこれほど影響力のある主将、人物を失ってしまうのはあまりにも大きい。僕を息子のように接してくれたことにただ感謝したい。会見の後、涙を流したことを隠しはしない。このローマの街とローマクラブにとってどれほど大切な人物であるかを証明した。規格外の選手だ。このような扱いを受けて、間違いはない。トリゴリアにやってくる前にメッセージを受け取ったのを覚えている。『僕らの家族にようこそ。自分はこの家の古い人間で、君は新しくやってきた家族だが、僕らの仲間の一人だ』ってね。ダニエレはピッチの内外でリーダーだった。とても素晴らしい選手であるだけでなく、とても素晴らしい人物。偉大なカピターノ。ローマは多くのものを失うだろう」。今シーズンローマの新たなスターとなったニコロ・ザニオーロの言葉が、デ・ロッシの人間性を如実に表している。ロマニスタが失ったものは計り知れない。

    文=佐藤徳和/Norikazu Sato

    退団発表会見を行ったデ・ロッシ [写真]=Getty Images


    (出典 news.nicovideo.jp)

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