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    カテゴリ:ナショナルチーム > スペイン



    (出典 amd.c.yimg.jp)



    同日のリーガ最終節で、愛するクラブに別れを告げたと英紙報道

     リーガ・エスパニョーラは現地時間20日に行われた最終節のゲームで、今季の全日程を終了した。すでにバルセロナの2年ぶり25回目の優勝や、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場チームも決まっていたため、この最終節の試合結果が重要な意味を持つことはなかった。

     しかしサッカー界にとっては、偉大な名手二人の旅立ちの日として忘れられない一日になった。主役となったのは、バルセロナのMFアンドレス・イニエスタと、アトレチコ・マドリードのFWフェルナンド・トーレス。英紙「ガーディアン」も、「アンドレス・イニエスタとフェルナンド・トーレスがリーガに感動的な別れ」と見出しを打ち、今季限りでの退団が決定している英雄二人を紹介している。

     バルセロナは最終節にホームでレアル・ソシエダと対戦。先発出場のイニエスタはキャプテンとして後半37分までピッチに立ち、1-0の勝利に貢献した。22年間を過ごした”バルサの象徴”の門出に、カンプ・ノウに詰めかけたサポーターは試合前、背番号「8」を横にした「∞」で無限大を意味するコレオグラフィーを掲げた。

     そしてアトレチコ・マドリードは同日にエイバルと対戦したが、2-2の引き分けに終わり、英雄の門出を勝利で祝えなかった。しかし、その2ゴールを決めた選手こそ、“神の子”トーレスだった。同紙も「トーレス自身でアトレチコのキャリアに幕を閉じてみせた」と綴っており、この2ゴールを含め、同クラブで404試合128ゴールの功績を残したことも紹介している。


    二人の英雄をつなぐ運命的な共通点

     また、スペイン紙「ムンド・デポルティーボ」は、両者のラストマッチについて、「トーレスとイニエスタ、象徴である友人同士が、同じ日にサヨナラを告げた」と特集を組んでいる。

     同記事によると、イニエスタとトーレスはスペインの年代別代表の時代から親友同士だったという。そんな二人が、サッカー界を牽引する存在となり、それぞれバルサ、アトレチコの象徴的なアイコンにまでなった。そして、1984年生まれの34歳である二人が、奇しくも同じ日に下部組織から過ごした愛するクラブに別れを告げた運命的なシナリオにも触れている。

     イニエスタは連日にわたってJ1のヴィッセル神戸への移籍が報じられており、トーレスにも中国や米MLSに加え、Jリーグ参戦の噂も持ち上がっていた。同い年で、同じようにクラブのアイコンとなり、同じ日にリーガに別れを告げた親友同士――。そんな二人が、母国から遠く離れた日本の地で、再び同じリーグのピッチに立つ可能性も、決して低くはないのかもしれない。


    (Football ZONE web編集部)

    リーガ・エスパニョーラ最終節は、F・トーレスとイニエスタの偉大な名手二人の旅立ちの日として忘れられない一日になった【写真:Getty Images】


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 erumono.net)



    イニエスタのバルサ“お別れ会”に参加、名パートナーの功績を称える

     かつての名相棒が、スペイン代表MFアンドレス・イニエスタの旅立ちとバルセロナでの功績を称えた。今季限りでバルサを退団するイニエスタの“お別れパーティー”が、現地時間18日にクラブ主催で行われた。そこに登場したのは、現在カタールのアル・サッドでプレーするMFシャビ・エルナンデスだ。スペイン紙「スポルト」などによると、クラブの「バルサTV」でイニエスタについて「唯一無二の選手だ」と絶賛したという。

     この日のお別れパーティーには、バルサのジョゼップ・マリア・バルトメウ会長の下、DFジェラール・ピケやDFジョルディ・アルバ、MFセルヒオ・ブスケッツら現所属メンバーが出席。彼ら以外にも元カメルーン代表FWサミュエル・エトー、そしてNBAプレーヤーのマルク・ガソルも顔を見せるなど、全ての人に愛されるイニエスタの人徳を感じさせるものとなった。

     その中でも盛り上がりを見せたのは、シャビの存在だ。シャビとイニエスタと言えばジョゼップ・グアルディオラ監督の下で「ティキ・タカ」と表現されたパスサッカーで欧州を制圧。その手法を持ち込んだビセンテ・デル・ボスケ監督体制下のスペイン代表でも、同国史上初のワールドカップ(W杯)優勝、欧州選手権連覇とタイトルを獲得し続けてきた。

     シャビとイニエスタの連係ぶりは世界中に衝撃を与えたが、ともにプレーしていた頃を懐かしみ、イニエスタの異能ぶりをこう称えている。


    「信頼のおける人間として友情を築き上げたんだ」

    「彼は違いを作ってくれる選手で、そんな選手は本当に貴重なんだ。君はどこに行っても成功するはずだ。なぜなら唯一無二なんだからね。ドレッシングルームでも、すべての感覚において模範的だった。彼自身は周囲に配慮したタイプで、シャイなところもあるけど自分自身に思慮深く、信頼のおける人間として友情を築き上げたんだから」

     世界屈指の技術を持つとともに、相手を慮れるパーソナリティこそが本質なのだと、シャビは語った。バルサ退団後、カタールに渡ったシャビと同じく、イニエスタはJリーグのヴィッセル神戸加入の時が近いとされている。その謙虚さとスキルで、今後もサッカーファンを魅了することだけは間違いない。


    (Football ZONE web編集部)

    シャビがかつての名相棒・イニエスタの旅立ちとバルセロナでの功績を称えた【写真:Getty Images】


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 f.image.geki.jp)



     今シーズン限りでバルセロナを退団するスペイン代表MFアンドレス・イニエスタがヴィッセル神戸に加入するという報道が世界中を駆け巡っている。実現すれば、真のワールドクラスが日本にやってくることになるだろう。そこで今回は、“ワールドカップ経験者”にフォーカスして、過去にJリーグでプレーした13名のスター選手をピックアップしてみた。

    ■ミカエル・ラウドルップ
    ヴィッセル神戸(1996-1997)
    デンマーク代表(1986、98)

     弟のブライアンとともに、「ダニッシュ・ダイナマイト」と恐れられた1980年代のデンマークを象徴するスーパースター。バルセロナのOBであり、イニエスタも憧れた選手だった。1996年に当時JFLに在籍したヴィッセル神戸に移籍し、Jリーグ昇格に貢献。翌年にJリーグで3試合に出場したのち、アヤックスからのオファーを受けて退団した。ワールドカップには86年大会と98年大会の2度出場。98年大会では主将を務め、デンマークのベスト8進出に貢献した。同大会後に代表を引退するとともに現役生活にも別れを告げた。

    ■ギャリー・リネカー
    名古屋グランパス(1992-1994)
    イングランド代表(1986、90)

     1986年のワールドカップで得点王に輝いたほか、FW岡崎慎司の所属するレスターでも得点王を獲得した実績を持つイングランド出身の名ストライカー。1986年から3年間にわたりバルセロナに在籍したこともある。1993年、Jリーグ開幕に合わせて名古屋グランパスに加入。当時のJリーグ最高額となる3億円という年棒から大きな注目を集めた。だが、負傷もあってJリーグでは通算4得点しか挙げられず、翌年限りで現役に幕を下ろした。

    ■フリオ・サリナス
    横浜マリノス(1997-1998)
    スペイン代表(1986、90、94)

     90年代のスペインを代表する大型センターフォワード。86年大会から3度のワールドカップ出場を果たし、通算3ゴールを挙げた。出生地であるアスレティック・ビルバオのほか、バルセロナでもプレーし、ドリームチームの一員として1991-92シーズンのチャンピオンズカップ(現CL)優勝に貢献。1997年に横浜マリノスに入団すると、2年という短い在籍期間ながらリーグ戦47試合出場34得点を記録した。この時打ち立てた“8試合連続得点”は、今もなお破られていないJ1記録である。

    ■アイトール・ベギリスタイン
    浦和レッドダイヤモンズ(1997-1999)
    スペイン代表(1994)

     サリナスと共に、ドリームチームの一員としてバルセロナの黄金期を支えたレフトウイング。バスク語で「小さな」を意味する「チキ」の愛称を持つ。ワールドカップには94年大会にのみ出場した。1997年に浦和レッズに入団すると、翌年には大物ルーキーの小野伸二と共に中盤を形成。在籍3年間で61試合出場16得点の記録を残している。引退後は古巣バルセロナのディレクターに就任。現在はマンチェスター・Cのディレクターを務めている。

    ■フリスト・ストイチコフ
    柏レイソル(1998-1999)
    ブルガリア代表(1994、98)

     1994年のワールドカップで6得点を挙げて得点王を獲得。同年のバロンドールも受賞したブルガリア最大のスター選手。ストイチコフもまたバルセロナのドリームチームの一員であり、晩年に日本でプレーしたという共通点を持つ。1998年に柏レイソルへ加入すると、西野朗監督(現日本代表監督)のもとでJリーグ通算27試合に出場した。得点数は「12」とそれほど多くないが、セレッソ大阪戦で見せた弾丸FKは今も語り草となっている。

    ■ギド・ブッフバルト
    浦和レッドダイヤモンズ(1994-1997)
    ドイツ代表(1990、94)

     1980年代から90年代にかけて、ドイツ代表の守備の要として君臨したセンターバック。1990年のワールドカップではディエゴ・マラドーナを徹底マークで封じ込め、世界一に輝いた。4年後のワールドカップを最後に代表引退を決断。10シーズンにわたり在籍したシュトゥットガルトに別れを告げて浦和レッズに加入すると、1997年まで3年半にわたりプレーした。1995年と96年には2年連続でJリーグのベストイレブンに選出。また、2004年には監督として浦和に復帰し、Jリーグと天皇杯の二冠を達成している。

    ■ピエール・リトバルスキー
    ジェフユナイテッド市原(1993-1994)
    ブランメル仙台(1996-1997)
    西ドイツ代表(1982、86、90)

    「リティ」の愛称で親しまれた、ドイツが世界に誇る名ドリブラー。西ドイツ代表として3度のワールドカップ出場を果たすと、90年大会で優勝、82年、86年大会でともに準優勝に輝いた。Jリーグが発足した1993年にジェフユナイテッド市原へ移籍すると、中心選手としてチームをけん引。ベガルタ仙台の前身であるブランメル仙台と合わせて、日本で4年間にわたってプレーした。また、横浜FCの初代監督を務めたほか、アビスパ福岡の指揮官も務めた。

    ■レオナルド
    鹿島アントラーズ(1994-1996)
    ブラジル代表(1994、98)

     母国の先輩ジーコからの誘いを受けて、1994年のワールドカップで優勝を果たした直後に鹿島アントラーズ入り。現役のブラジル代表選手がJリーグでのプレーを選んだとして大きな話題となった。翌年の横浜フリューゲルス戦では、リフティングからのボレーシュートでゴールをマーク。このゴールは2013年のJリーグ20周年企画「Jクロニクルベスト」において、過去20年のベストゴール第1位に選出された。端正なルックスから「貴公子」や「レオ様」と呼ばれ、ファンの間で高い人気を誇った。

    ■ドゥンガ
    ジュビロ磐田(1995-1998)
    ブラジル代表(1990、94、98)

     ワールドカップに3度出場し、94年大会ではキャプテンとして母国を世界王者に導いた“闘将”。2006年から2010年までと、2014年から2016年までの2度にわたってセレソンの監督も務めた。1995年からジュビロ磐田でプレーすると、在籍4年間で公式戦123試合に出場。若いチームに“勝者のメンタリティー”を植え付けると、1997年には年間総合優勝を果たすとともに、JリーグMVPにも輝いた。その後到来する“黄金時代”の礎を作ったと言われている。

    ■ドラガン・ストイコヴィッチ
    名古屋グランパス(1994-2001)
    ユーゴスラヴィア代表(1990)

     セルビア生まれのファンタジスタで、「ピクシー(妖精)」の愛称で親しまれた。キャリアで唯一出場した1990年のワールドカップでは、決勝トーナメント1回戦でスペイン相手に2得点をマーク。ベスト8進出の立役者となり、当時、ユーゴスラヴィア代表を率いていたイビチャ・オシム氏(元日本代表監督)と共に、その名を世界にとどろかせた。1994年に名古屋グランパスに加入すると、アーセン・ヴェンゲル監督(現アーセナル)の指導のもとで数々のスーパープレーを披露。7年間に及ぶ在籍中には、2度の天皇杯優勝に貢献し、1995年のリーグMVPにも輝いた。監督としても、2010年に名古屋を優勝に導き、Jリーグ史上初の「最優秀選手」と「最優秀監督」の両方の受賞者となった。

    ■パトリック・エムボマ
    ガンバ大阪(1997-1998)
    東京ヴェルディ1969(2003-2004)
    ヴィッセル神戸(2004-2005)
    カメルーン代表(1998、2002)

     圧倒的な身体能力で、規格外のゴールを連発したカメルーンの英雄。1997年にガンバ大阪に加入すると、28試合出場25得点を記録してJリーグ得点王に輝いた。その活躍ぶりに「浪速の黒豹」という愛称がついた。1998年のフランス大会でワールドカップに初出場。2000年には、シドニー五輪にオーバーエイジ枠で出場し金メダルを獲得した。2002年の日韓ワールドカップに出場した後、東京ヴェルディ1969やヴィッセル神戸でもプレー。Jリーグ通算成績は、79試合出場48得点。

    ■フレドリック・ユングベリ
    清水エスパルス(2011-2012)
    スウェーデン代表(2002、06)

     2度のワールドカップと3度のユーロに出場した2000年代を代表するスウェーデンのアタッカー。クラブレベルでも、2001-02シーズンにプレミアリーグとFAカップの2冠達成したアーセナルの主軸を担った。アメリカやスコットランドを転戦したあと、2011年9月に清水エスパルスに入団。「2002年のワールドカップで訪れて以来、ここに戻ってサッカーがしたいと思っていた」と抱負を述べたが、負傷もあって公式戦11試合に出場したのみで退団が決定。日本滞在はわずか4カ月だった。

    ■ディエゴ・フォルラン
    セレッソ大阪(2011-2012)
    ウルグアイ代表(2002、10)

     両足からの正確なシュートでゴールを量産してきたウルグアイの万能ストライカー。2010年の南アフリカ・ワールドカップでは、大会最多タイの5得点を挙げて得点王となり、さらに大会MVPにも輝いた。2014年にセレッソ大阪と契約締結。リネカーを上回る推定6億円の年棒を受け取り、久々に日本にやってきたビッグネームとして大きな期待を集めた。ただ、監督が次々と入れ替わってしまうチーム事情などもあり、1年半の在籍期間で公式戦17ゴールに終わった。

    (記事/Footmedia)

    これまでJリーグに挑戦してきた名選手たち [写真]=Getty Images


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【【注目】次はイニエスタの番か? Jリーグに挑戦した“W杯戦士”13名を選出】の続きを読む



    (出典 neoneo2.com)



     ヨーロッパの2017-18シーズンもまもなく終わりを迎え、ロシア・ワールドカップへの機運が徐々に高まる季節となった。

     夏のサッカー界は移籍市場の話題で持ちきりになるのが常だが、今季限りで愛するクラブを離れることを決断したスペインを代表する2選手が、Jリーグのチームに加入する噂が降ってわいてきた。アンドレス・イニエスタのヴィッセル神戸入りと、フェルナンド・トーレスのサガン鳥栖入りだ。

     この移籍話が実現するかはさておき、2選手には共通点の一つとして、2010年に開催された南アフリカ・ワールドカップで初優勝を果たしたスペイン代表のメンバーであるという点。2008年欧州選手権から2010年W杯、2012年欧州選手権と国際大会を3大会連続で優勝をした黄金期のメンバー(もちろん今もすごいメンバーが顔をそろえるが…)は、現在どういったキャリアを過ごしているのか。2010年W杯メンバー23人の当時と現在を背番号順に紹介する。

    ■GK 1 イケル・カシージャス(当時29歳、現在36歳)

     レアル・マドリードの守護神として若くから活躍したカシージャスは、南ア大会でもスペインの守護神としても立ちはだかり、グループリーグではスイス戦とチリ戦で1失点ずつを喫したが、決勝トーナメントに入ってからはすべて1-0で勝ち上がったチームの堅守を支え、主将として優勝トロフィーを掲げた。代表からの引退を明言してはいないが、2016年の欧州選手権以降、代表招集はない。クラブチームでは現在、2015年から在籍するポルトでプレー。リーグ戦20試合に出場しているが、今シーズンで契約満了となるために去就が注目されている。

    ■DF 2 ラウール・アルビオル(当時24歳、現在32歳)

     バレンシアで若くして注目を集め、南ア大会直前のシーズンだった2009年夏にレアル・マドリードへと引き抜かれた。CBとして加入初年度からレギュラーとして公式戦43試合に出場。充実で迎えた南ア大会だったが、プジョル&ピケコンビに割って入ることはできず、大会中に負傷したこともあって出場機会はなかった。代表は2015年以降、招集されていない。レアル・マドリードから2013年に自身初の海外挑戦となったナポリへと移籍し、現在も主軸の一人として近年好調のチームを支えている。

    ■DF 3 ジェラール・ピケ(当時23歳、現在31歳)

     バルセロナ下部組織出身ながら、トップデビューはマンチェスター・Uで果たしたピケ。しかし定着はできず、2008年夏にバルセロナへ“復帰”すると2009年2月にA代表へと初招集された。代表にすぐ定着すると、南ア大会ではバルセロナでの同僚プジョルとコンビを組み、全試合にフル出場した。現在もスペイン代表、バルセロナの主軸としてプレーし、クラブでは今シーズンの二冠に貢献している。

    ■DF 4 カルロス・マルチェナ(当時30歳、現在38歳)

     セビージャ、ベンフィカでプレー後、2001年夏に加入したバレンシアで長くプレー。守備的MFやCBとして主にプレーした。A代表では2002年から招集され、2008年の欧州選手権ではGL突破を決めていた第3節以外にフル出場して優勝に貢献している。南ア大会は先発こそなかったが、決勝トーナメントから準決勝までの3試合に試合終盤の守備固めとして投入されている。大会後にビジャレアルへ移籍し、デポルティボを経て、プロキャリア最後はインドでプレー。2016年1月に現役引退を表明した。現在は古巣セビージャでトップチームのテクニカルコーチを務めている。

    ■DF 5 カルレス・プジョル(当時32歳、現在40歳)

     バルセロナの象徴だった闘将は、2000年のA代表初招集以降、日韓W杯、ドイツW杯、南アW杯とプレーした。南ア大会では準々決勝のパラグアイ戦で84分に退いた以外はすべてフル出場。準決勝のドイツ戦では73分、CKを後方から走り込んで強烈なヘディングをたたき込み、チームをファイナルへと導いた。2013年にA代表100試合出場を記録。2013-14シーズン限りで、バルセロナ一筋のまま現役を退いた。引退後はバルセロナのフロント入りをしたが、その後離れ、現在はラ・リーガのアンバサダーを務めるなどしている。

    ◆●イニエスタ、シャビ、トーレス…

    ■MF 6 アンドレス・イニエスタ(当時26歳、現在33歳)※11日に34歳となる

     バルセロナのカンテラで最高傑作の一人と称されるイニエスタは2002年にトップ昇格。A代表は2006年のドイツW杯直前に初招集され、そのまま本大会メンバーにも入った。2010年大会は2戦目のホンジュラス戦以外、すべて先発出場。特に決勝ではスコアレスで突入したオランダとの白熱した延長線に終止符を打つ決勝点をマークして、スペインに初のW杯タイトルをもたらした。ロシアW杯でも4大会連続のW杯出場が期待されているが、大会後の代表引退を示唆している。また、クラブチームでは2017年10月にバルセロナ初の“生涯契約”を締結したことが発表されたが、今シーズン限りでバルセロナを退団することを4月末に発表。「バルセロナと戦いたくない」ため欧州外でのプレーを望んでいるとされ、中国への移籍などが浮上していたが、ここにきてヴィッセル神戸との契約に近づいていると、スペイン現地で報じられている。

    ■FW 7 ダビド・ビジャ(当時28歳、現在36歳)

     スポルティング・ヒホン、レアル・サラゴサ、バレンシアとデビューから着実にキャリアアップを果たしたビジャは南ア大会前の2010年5月にバルセロナへの移籍が合意。新天地に移る前に臨んだW杯となった。南アW杯では全試合に先発。スペイン代表が挙げた9得点のうち5得点をマークした。A代表は2005年にデビューし、2008年の欧州選手権では得点王に。2014年のブラジルW杯後に代表引退を示唆していたが、2017年9月のW杯予選で約3年ぶりに招集され、わずかな時間ながらピッチにも立っている。クラブチームではアトレティコ・マドリードを経て、2014年夏から半年間、メルボルン・シティでプレーし、2015年からニューヨーク・シティに在籍。リーグ戦では初年度から18、23、22得点と毎年ゴールを量産し、2017年5月には2018年シーズン末までの契約延長を果たしている。

    ■MF 8 シャビ(当時30歳、現在38歳)

     バルセロナの象徴の一人であるシャビは1998年からトップチームでプレーし、スペイン代表としては2000年に初招集された。南ア大会は全7試合に先発し、うち6試合にフル出場。中心選手として、大会ベストイレブンにも選出されている。代表引退は2014年ブラジルW杯終了後に表明。ワンクラブマンとして過ごしたバルセロナも2014-15シーズン限りで離れたが、最後のシーズンでは三冠を達成。チャンピオンズリーグ決勝では途中出場ではあったが、主将としてビッグイヤーを掲げた。2015年夏からはカタールのアル・サッドに在籍。一方で、監督としてのキャリアを考えており、2017-18シーズンで現役を退くつもりであることを明言している。2022年に控えるカタールW杯のグローバルアンバサダーも務める。

    ■FW 9 フェルナンド・トーレス(当時26歳、現在34歳)

     “エル・ニーニョ”(神の子)と称されたトーレスは2000-01シーズンに16歳でトップ昇格。2003年9月にA代表デビューも果たす。2010年W杯では全試合に出場し、うち4試合で先発した。同大会ではフル出場無しで無得点に終わったが、代表キャリアは輝かしく、2度の欧州選手権制覇も経験し、2012年大会では得点王も獲得している。ブラジルW杯を最後に、代表からは離れている。クラブチームでは2007年夏に移籍したリヴァプールで大活躍。2011年1月に当時イギリスでの史上最高額となる5000万ポンド(推定)でチェルシーへと移り、チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグを制したが、金額に見合った貢献までは至らず。ミランを経て、2015年1月に生まれ育ったクラブへと帰還した。現在はサブでの起用が主となっており、2018年4月に今シーズンでの退団を明言。中国、アメリカの他、2015年夏に親善試合で対戦したこともあるサガン鳥栖への移籍が浮上している。

    ■MF 10 セスク・ファブレガス(当時23歳、現在31歳)

     バルセロナのカンテラから2003年にアーセナルのアカデミーへ移り、2003-04シーズンにトップデビュー。2008年11月から主将を務めた。A代表は2006年3月にデビューし、ドイツW杯も出場した。南ア大会ではGL2試合と準々決勝、決勝の4試合に途中出場している。2016年の欧州選手権以降、フレン・ロペテギ体制になってからは代表に招集されていない。クラブチームでは2011年夏にバルセロナへ復帰。2014年夏にはチェルシーへと移り、ロンドンでの生活を現在も続けている。

    ■DF 11 ジョアン・カプテビラ(当時32歳、現在40歳)

     エスパニョール、アトレティコ、デポルティボといったクラブでプレーしたカプテビラは2010年大会時、ビジャレアルに在籍。左サイドバックを主戦場にし、南アW杯では全試合にフル出場した。決勝戦では先発メンバー11名の中で唯一、バルセロナとレアル・マドリードのチーム所属以外の選手となった。ビジャレアル退団後はベンフィカや古巣エスパニョールでプレーする以外にインド、アンドラのクラブにも在籍。2017年7月に現役引退を表明し、現在はビジャレアルのOB戦に出場して健在をアピールしつつ、コーチングライセンス取得を目指している。

    ■GK 12 ビクトル・バルデス(当時28歳、現在36歳)

     バルセロナ下部出身で足元の技術にも長けた守護神。トップチームに昇格したシーズンの2003年1月からレギュラーに定着。しかしA代表に初キャップを得るのは南ア大会直前での親善試合まで要した。本大会もそのまま登録メンバー入り。キャリア通じてカシージャスの牙城を崩し切るには至らず、代表キャップ数は20試合となっている。クラブチームでは2014年6月に契約満了でバルセロナを退団したが、直前に負ったじん帯のケガによってモナコへの移籍がとん挫。マンチェスター・Uでリハビリをすることになるとそのまま、契約を結んだ。しかしポジションは奪えず、スタンダール・リエージュへのレンタルも経験。2016-17シーズンはミドルズブラでプレーし、2018年1月に現役引退を表明した。現在はバルセロナ、ロンドン、アブダビに拠点を持つ制作会社「Crazy4fun TV」の経営をしつつ、コーチングライセンス取得を目指して研修を受けており、レガネスのトレーニングを視察するなど精力的に活動している。

    ■MF 13 フアン・マタ(当時22歳、現在30歳)

     レアル・マドリードのカンテラからバレンシアでトップデビューを果たしたマタは、ラ・リーガを3位で終えたチームの中心選手として南アW杯を迎えた。代表では前年に初キャップを記録したが、本大会ではホンジュラス戦で途中出場したのみに終わった。2016年11月のW杯予選を最後に代表からは遠ざかっている。クラブでは2011年夏からイングランドでプレー。チェルシーで2年半、マンチェスター・Uで4年半プレーしている。

    ■MF 14 シャビ・アロンソ(当時28歳、現在36歳)

     レアル・ソシエダで頭角を現し、リヴァプールに引き抜かれた初年度の2004-05シーズンにはチャンピオンズリーグを制した。2009年夏にレアル・マドリードへ移籍し、新銀河系軍団の一員となる。南アW杯では全試合に先発している。“ラ・ロハ”としては2003年に初キャップ、2014年のブラジルW杯後に代表引退を表明。クラブチームでもブラジルW杯後のシーズンからバイエルンでプレーした。2016-17シーズン終了後に惜しまれつつ現役を引退。現在はアディダス社のアンバサダーを務めつつ、将来的な監督業への転身を目指している。

    ◆●S・ラモス、ブスケツ、シルバ…

    ■DF 15 セルヒオ・ラモス(当時24歳、現在32歳)

     セビージャ育ちで2005年夏にレアル・マドリードへ当時、DFとしてのスペイン史上最高額で移籍。主に右サイドバックとしてプレーし、南アW杯も右SBとして全試合に先発出場した。その後、主戦場をセンターバックへと移し、レアル・マドリードでもスペイン代表でも中心選手として現在まで活躍。レアル・マドリードの主将としてチャンピオンズリーグ3連覇、スペイン代表の主将として2度目のW杯制覇を目指す。

    ■MF 16 セルヒオ・ブスケツ(当時21歳、現在29歳)

     2008-09シーズンからバルセロナのトップチームに定着したブスケツは2009年に早くもA代表に初招集される。メンバー2番目の若さで選ばれた南アW杯だったが、中盤の欠かせない存在として、全試合に先発出場した。その後もクラブ、代表で欠かせない存在であることに変わりはなく、サッカー選手として脂ののった年齢で迎えるロシアW杯で前回大会のリベンジを期す。

    ■DF 17 アルバロ・アルベロア(当時27歳、現在35歳)

     レアル・マドリード下部組織出身だが、世間に広く名が知られるようになったのは2007年1月に移籍したリヴァプールでのプレーから。活躍が認められると、2008年にはA代表デビューも飾った。右SBを主戦場とし、2度の欧州選手権と南アW杯優勝を経験。南アW杯では1試合に途中出場した。2014年のブラジルW杯出場メンバーから落選し、代表引退。クラブでは2009-10シーズンにレアル・マドリードへ復帰し、2016年夏にウェストハムへ移籍。同シーズン終了後に現役引退を表明した。現在はレアル・マドリード公式TVのコメンテーターを務めるなどしている。

    ■FW 18 ペドロ・ロドリゲス(当時22歳、現在30歳)

     バルセロナのカンテラ育ちで2008-09シーズンに昇格。スペイン代表には南アW杯直前に招集され、大会前に初キャップとなった。本大会では初戦と決勝トーナメント1回戦に途中出場すると準々決勝のパラグアイ戦からは決勝のオランダ戦まで先発メンバーに名を連ね、優勝に貢献した。ロシアW杯へ向けては2017年10月の予選を最後に招集されておらず、当落線上の一人と言える。クラブチームでは2015-16シーズンにチェルシーへと移籍し、現在もプレーしている。

    ■FW 19 フェルナンド・ジョレンテ(当時25歳、現在33歳)

     アスレティック・ビルバオで長らく活躍し、エースとして得点を重ねたジョレンテは2008年11月にA代表初出場。ハビ・マルティネスとともに、アスレティック・クラブを代表して南アW杯に臨み、決勝トーナメント1回戦のポルトガル戦で途中出場している。スペイン代表ではブラジルW杯への予備登録メンバー入りは果たしたが、本大会は外れ、以降招集されていない。クラブチームでは2013-14シーズンにユヴェントスへ移籍。以降、セビージャ、スウォンジーでプレーし、今シーズンはトッテナムでプレーしているが、定期的な出場機会は得られていない。

    ■MF 20 ハビ・マルティネス(当時21歳、現在29歳)

     17歳時の2006年夏にアスレティック・ビルバオに加入。オサスナの下部組織からの移籍だったが、初年度からレギュラーを獲得した。南アW杯直前にA代表デビューを果たし、本大会には23名中の最年少メンバーとして優勝を経験した。大会中はGL第3節のチリ戦で途中出場している。ロシアW杯に向けては2017年3月のW杯予選メンバーには選出されたが、以降は未招集。クラブチームでは2012-13シーズンにバイエルンへと移籍し、CBと守備的MFとしてディフェンス陣を支えるとともに、攻撃の起点となっている。

    ■MF 21 ダビド・シルバ(当時24歳、現在32歳)

     バレンシア育ちの天才MF。南アW杯直後にマンチェスター・Cへと移籍している。以降はマンCで長らくプレーし、今シーズンのリーグ優勝を含む、多くのタイトルを獲得している。代表は2006年に初キャップを飾り、“クアトロ・フゴーネス”の一人として2008年欧州選手権制覇に貢献した。しかし、南アW杯では初戦のスイス戦で先発したものの、途中交代となり、以降は準決勝のドイツ戦終盤でピッチに立つにとどまった。代表で継続的に招集され、ベテランと言える年齢に差し掛かったロシアW杯でも活躍が期待されている。

    ■MF 22 ヘスス・ナバス(当時24歳、現在32歳)

     セビリア育ちのスピードスターはセビージャのUEFAカップ連覇に貢献。A代表は2009年に初出場となった。南アW杯では豪華攻撃陣の中におりながら、初戦のスイス戦で途中出場すると続くホンジュラス戦で先発出場を果たした。以降は出番がなかったが、決勝のオランダ戦で60分からペドロに代わってピッチに立ち、優勝の瞬間をピッチ上で経験している。クラブチームでは2013年夏に初の海外挑戦でマンチェスター・Cに加入したが、絶対的なレギュラーの座を得るまでには至らず、途中出場も多かった。今シーズンから古巣のセビージャに復帰している。

    ■GK 23 ホセ・マヌエル・レイナ(当時27歳、現在35歳)

     バルセロナ下部出身でビジャレアルで頭角を現すと、リヴァプールで本格ブレイクを果たした。A代表デビューはリヴァプール移籍直後の2005年8月。以降、現在に至るまで代表には招集されているが、カシージャスやダビド・デ・ヘアがファーストチョイスであり、セカンド、サードGKという役目が多い。クラブチームは2013-14シーズンにナポリへ移籍し、翌シーズンにバイエルンでプレー。しかし、そこも1年で離れ、2015年夏からナポリに戻り、正守護神としてチームを支えている。

    ■監督 ビセンテ・デル・ボスケ(当時59歳、現在67歳)

     レアル・マドリードやベジクタシュの監督を務め、2008年に欧州選手権を制したルイス・アラゴネスのチームを引き継ぐ形でスペイン代表監督に就任した。その財産を受け継ぎつつ、チームを整えて南アW杯を制した。2年後の欧州選手権でも優勝を果たしたが、ブラジルW杯ではGL敗退の憂き目にあった。2016年の欧州選手権までスペイン代表を率いて退任。スペイン代表を100試合以上指揮した。退任と同時に監督業からの引退も表明し、現在は講演活動や会合への出席といった活動をしている。


    2010年のW杯でトロフィーを掲げたイニエスタ(中央右)とトーレス(中央左) [写真]=Getty Images


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    カシージャスは残留かMLS トーレスはジェラード監督となったレンジャーズが浮上

     現在、スペインの移籍マーケットで注目されている動向は、スペイン代表MFアンドレス・イニエスタ(バルセロナ)らの去就だ。Jリーグ上陸の噂も流れるなか、8年前の南アフリカ・ワールドカップ(W杯)優勝メンバーである元スペイン代表FWフェルナンド・トーレス(アトレチコ・マドリード)、元スペイン代表GKイケル・カシージャス(ポルト)の移籍先とともに、同国最大の全国紙「マルカ」が予想している。

     スペイン史上初のW杯優勝に08年、12年の欧州選手権連覇に大きく貢献した3人だが、ともに30代中盤でキャリアの終盤を迎えており、その移籍先に関心が集まっている。まずは「聖イケル」の愛称でビッグセーブを連発したカシージャスだ。

     今季限りでポルトを去ることが既定路線とされたものの、クラブのピント・ダ・コスタ会長は残留を願っている模様だ。ただその一方で、退団となればアメリカ行き、つまりMLS(メジャーリーグサッカー)が濃厚だとしている。

     華麗なパスワークからのフィニッシャーとして活躍したトーレスは、古巣アトレチコからの二度目となる退団を決意した。闘将ディエゴ・シメオネ監督の下で復調したトーレスだが、彼と縁深い人物が移籍動向の鍵を握るのでは、としている。それはリバプールでチームメイトだった元イングランド代表MFスティーブン・ジェラードだ。


    イニエスタには豪州や北米も名乗りを挙げるも「気持ちは極東へ」

     来季からスコットランドの強豪レンジャーズの監督に就任するため、トーレスを請う可能性がある。中国のクラブも獲得を狙うが、「MLSのクラブ、シカゴ・ファイアーとの契約が近づいている」と、アメリカ行きが濃厚とされている。なお、記事ではJ1サガン鳥栖への言及はなかった。

     そしてイニエスタだ。退団発表後、当初本命視されていた中国の重慶力帆が獲得を否定する声明を出したこと、そして神戸との契約が合意に至ったとの報道が出たことを紹介。イニエスタ側、神戸側ともにまだ決定していないとしているが、「希代のゲームメーカーとの契約成立に自信を持っているようだ。オーストラリアや北米も名乗りを挙げているが、イニエスタの気持ちは極東へと向かっているようだ」と“本命視”されている。

     イニエスタを筆頭に初の世界一をもたらした「無敵艦隊」の主役たち。彼らの新たな戦いの舞台は、果たしてどこになるのだろうか。


    (Football ZONE web編集部)

    移籍マーケットで注目されている(左から)F・トーレス、イニエスタ、カシージャス【写真:Getty Images】


    (出典 news.nicovideo.jp)

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