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    カテゴリ:ナショナルチーム > 日本

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    (出典 www.football-zone.net)



    コナミが“マドリードの久保”に関心「ビデオゲームの表紙にするのを夢見る」

     日本代表MF久保建英は、現地時間10日にビジャレアルへのレンタル移籍が正式決定した。2020-21シーズンは保有権を持つレアル・マドリードプレーすることはなくなったが、レアル専門メディアによれば、近い将来に久保をゲームジャケット写真に起用するプランがあるという。

    コナミ、マドリードの久保をビデオゲームの表紙にするのを夢見る」

     このように見出しを打って取り上げたのは、レアル・マドリードの専門メディア「Defensa Central」だった。

     2019年夏にFC東京からレアルへ完全移籍した久保は、開幕直後にマジョルカへ期限付き移籍。リーグ戦35試合4ゴール4アシストマークして存在感を放った。2020-21シーズンは保有権を持つレアルでのプレーは叶わなかったが、今季リーガ・エスパニョーラ5位に入り、UEFAヨーロッパリーグ出場権を持つ強豪ビジャレアルへのレンタルが決まった。

     記事によれば、コナミが「レアル・マドリードパートナーに、久保を表紙で最高のスターとして扱うのを熱望している」という。

    コナミ? それともEAスポーツ? どっちのフランチャイズが主導権を握る? FIFAかプロ・レボリューションサッカー? それは世界中のすべてのeスポーツファンの議論になっている。マドリードは現状、年ごとに方針を変えている。レアル・マドリードは公式パートナーにまでなって、クリスティアーノ・ロナウドが表紙に登場した。2012年2013年がそうだった。サンティアゴ・ベルナべウ、ユニホームチャント……。すべてがコナミライセンスになっていた」

     一時はバルセロナ優勢の状態に変わったが、現在人気ゲームFIFAシリーズ2025年までレアルと提携を結んでいるという。

    コナミは地球中で最も成功を納めたチーム、そして愛国的な資産であるタケ・クボを抱えることを夢見ている。若き日本人クラックがすでに日本ではそうであるように世界的スター選手の中に割って入り、数年後にはプロ・レボリューションの表紙に現れる可能性があると見ている。PES 2026が出る頃にはクボが25歳になっているのだからどうなるのかは分からない。コナミではそうなれば何百万(ユーロ)の収入になり得ると計算しており、長い目で見てそのためにレアル・マドリードを次の加入者の一つにしたいと目指している」

     来たる新シーズン、久保がビジャレアルで確固たる結果を残せば、そのプランが実現するのも不思議はないかもしれない。
    Football ZONE web編集部)

    ビジャレアルへレンタル移籍した日本代表MF久保建英【写真:Yukihito Taguchi】


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 livedoor.sp.blogimg.jp)



    ビジャレアルフェルナンド・ロイグ会長が、レアル・マドリーから加入した日本代表MF久保建英について語った。

    久保2019年夏にFC東京からマドリーへ加入。EU圏外枠の問題もありマジョルカへレンタル移籍すると、チームの中心選手としてラ・リーガで35試合に出場し4ゴール5アシストを記録していた。


    10日にはビジャレアルへの1年間のレンタル移籍が発表。そして11日に入団会見が行われていた。

    久保は「最良の選択肢」とビジャレアル移籍の理由を語り、チームに貢献したいと意気込みを語るなか、入団会見に同席したロイグ会長が久保の印象についてコメントしている。

    「彼はとても若く、才能のある選手だ。19歳で、彼は日本とスペインサッカーの経験を持っている」

    「彼は我々に多く貢献することができ、素晴らしいシーズンを過ごすのを確実に助けてくれる選手だろう」

    会長からも大きな期待を寄せられた久保には、背中に漢字で「久保建英」と書かれたユニフォームが手渡されていた。

    サムネイル画像


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 the-ans.info)



    フランス代表DFエブラが敵地セルティック・パークで感じた雰囲気に感嘆

     横浜FCの元日本代表MF中村俊輔は、2005年から09年にかけてスコットランドの名門セルティックに所属。不動のレギュラーとして数々のタイトル獲得に貢献し、クラブレジェンドとしてその名を刻んだ。2006-07シーズンには名門マンチェスター・ユナイテッド相手に2本の直接FK弾を突き刺して、日本人選手として初めてUEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝トーナメント進出を果たしたが、当時対戦した元フランス代表DFパトリス・エブラ氏が、ゴールを含めたセルティックの雰囲気に「鳥肌が立った」と明かしている。英メディア「Glasgow Live」が報じた。

     中村は2002年横浜F・マリノスからイタリア1部レッジーナへ移籍。3年間のプレーを経て、05年夏にスコットランド1部セルティックと契約した。在籍4年でリーグ優勝3回、06-07シーズンには年間MVPに輝くなど、スコットランド名門のレジェンドの1人として今も高い人気を誇っている。そんなセルティック時代の中村のハイライトと言えるのが、最も輝いた06-07シーズンのCLグループステージ、ユナイテッドとの2試合で決めた2本のFKだろう。

     敵地オールド・トラッフォードでのユナイテッドとの第1節(2-3)では、約20メートルの距離から元オランダ代表GKエドウィン・ファン・デル・サールが一歩も動けない完璧な直接FK弾を叩き込み、各国メディアの度肝を抜くと、本拠地セルティック・パークでの第5節ユナイテッド戦(1-0)で再び魅せる。

     0-0で迎えた後半36分、セルティックは中央やや右のゴールから約30メートルの位置でFKを獲得。キッカーを任された中村が左足を一閃すると、ボールは壁の上を越え急激に落ちる軌道を描いてユナイテッドゴールへ。再び対峙したファン・デル・サールの懸命の横っ飛びも及ばず、ゴール右上隅を鮮やかに射抜いてみせた。この一撃が決勝点となり、中村は日本人選手として初めてCL決勝トーナメント進出を果たし、セルティックの伝説となった。

     2006~14年にユナイテッドに所属し、2019年7月に引退を表明したエブラは、現役時代に“赤い悪魔”の一員として、2006年11月のCLグループステージ第5節(0-1)、2008年11月のCLグループステージ第4節(1-1)とセルティック・パークでの2試合に出場した。英メディアJoe.co.uk」のライブ配信でファンの質問に答える企画のなかで、「CLで経験した最高の雰囲気」について問われると、セルティック・パークでの体験を挙げた。

    セルティックを選ぶ。覚えているよ。彼らは本当に特別な存在だ。『You’ll Never Walk Alone』を歌っている時、鳥肌が立ったのを覚えている。ワォ、セルティックってね」

     中村の直接FK弾、そしてセルティックファンの熱狂は、ユナイテッドユベントスなどビッグクラブプレーした熟練のエブラにとっても印象深いものだったようだ。(Football ZONE web編集部)

    元マンチェスター・ユナイテッドDFエブラがCLでのセルティックの雰囲気について言及【写真:Getty Images】


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 sportiva.shueisha.co.jp)



     近年、自分の考えや想いをSNSや動画などを通じて、自ら発信する人たちが増えている。

     サッカー界も例外ではなく、いろいろなプラットフォームで、いろいろな現役、OB、関係者が発信している。

     ハノーファープレーする日本代表MF原口元気もその一人だ。

     原口はすでに自身のTwitterInstagramアカウントは持っていたが、2020年2月21日から、文章を中心にイラストや音楽、映像などの作品を個人、企業が発信できるウェブサイト『note』を始めた。

     多くの選手たちがSNSYouTubeをやる中、「伝えることが得意ではない」という原口が、なぜ“文章”で伝えることを選んだのかを聞いた。

    インタビュー=小松春生

    ◆■自分が言葉にすることがすごく大事

    ―――noteを始めてから5カ月ほど経ちました。周囲のリアクションや手応えはいかがですか?

    原口 面白いですね。もともと、あまり言葉で伝えることが得意ではなかったのですが、セカンドキャリアでは監督をやりたいと考えた時、誰かに何かを伝えなければいけないことが増えるので、自分が言葉にすることがすごく大事だと思い、その練習もかねて、始めたんです。自分が考えていることを発信しようと考えた時、『note』かなと。SNSは文字で伝えるには字数に限りがありますし、文章にすることが勉強になるかなと。取材で受け答えすることと、自分で文章にすることは違うので、いい経験になっています。今のところは読者を気にせずというか、書きたい内容を書いています。読者の方の好みや考えもそれぞれですから、興味があるものがいくつかあってくれればいいかなと思って書いています。

     購読してくれる人含め、人はそれぞれ違うので、まずは自分が経験して面白いと感じたことや、若い選手、コーチに読んでもらえたらいいかなって意識はしていますけど、結局は自分が書きたいことを伝えるためですね。

    ―――文章を書くことで頭の中が整理されますし、一度書いたものを見直した時、自分の考えと違う表現になっていることに気付くこともできます。考えを体系立てられることをメリットとしてnoteを始めたと思いますが、個人的にはサッカーに限らず自分と同じような道を辿ろうとしている人たちへ伝えたいこともあるのかなと感じました。取材などでの言葉を聞くと、年々、次の世代へ伝えたいことが増えている印象があります。

    原口 監督になりたいと考えた時、経験などを伝えたいけど、うまく言葉に乗せないといけないなと。どうしても感覚的な話が多くなるので、うまく言葉にする練習はnoteでできていますね。インタビューなどでも、自分が思っていることをもっと明確に伝えられるようにしたいですし、うまく伝わっているのかな、と感じるころもありました。

    ―――動画ではなく文章を選んだ理由は何でしょう。動画では一方的に言葉にして、それが相手に正しく伝わるかを確認したり、修正したり、フィードバックを得ることが難しい側面があることが理由なのかな、と思いましたが。

    原口 それもありますけど、例えばYouTubeは真面目なものよりも、娯楽性があるものが好まれるのかな、と自分で見ていても思うので。ちょっと硬い文章でも読んでもらえれば、と考えた時にnoteなのかなと。もちろん動画で硬い内容のものを発信している方もいますけどね。

    ―――確かに動画については僕たちもYouTubeをやっていますが、真面目なテーマの時ほど再生回数が伸びない傾向があることにジレンマを抱えることもありますね。原口選手は2月からnoteを始めていますが、他の選手も国内外問わず、自粛期間中に自分と向かう時間が増えたり、発信することの重要性を感じて、文章や動画で何かを伝えようとする人が増えました。

    原口 それぞれにスタイルがあると思うので、InstagramでもYouTubeでもnoteでも、合ったやり方でいいと思います。もちろん内容がバラエティなものでもいいと思います。たまたま、僕が選んだのはnoteというだけですから、僕は僕のやり方、みんなはみんなのやり方でいいと思うし、発信することは大事ですから。僕も発信することはあまり得意ではなく、SNSの更新率がいいわけでもなかったですけど、noteはしっかり続いていきたいと思っています。

    ―――発信する人が増えた一方、意見交換などで建設的な議論になればいいんですが、そうならないケースもよくあります。

    原口 僕は説教のようなものにならないようにしたいなと。上から目線で「こうしたほうがいいよ」ではなく、アイデアのちょっとしたヒントになればいいかな、くらいのスタンスで書いています。僕のことがすべて正解だとは思っていないですし、キャラクターによって僕のやり方がまったくハマらないこともあると思うので。少しでもヒントになってくれれば、その規模が何千人でなく、数人でもいればいいかなって。どちらかというと自己満足というか、僕の勉強のためなので。

    ◆■夫婦でやってきたことは本当に大きな財産

    ―――考えの変化が多い20代で海外へ拠点を移し、ドイツでの生活も6年が経過しました。思考や言動が変化しているように感じますし、影響を与えた存在としてnoteにも登場する谷川聡さん(筑波大学准教授)と、2015年にご結婚された奥様が挙げられると思います。

    原口 そのポイントは正しいと思いますし、いろいろな人との出会いで変わった部分はありますけど、一番は環境ですね。ダメだと終わり、という甘えられない環境に6年も身を置いることが大切でしたし、大きかったと思います。日本では、すぐに助けてくれる人が近くにいるけど、ドイツではだいたい1人。だから自分自身で考えて、問題にぶつかった時にうまくすり抜ける能力は、すごく伸びました。だから急に「ボランチでプレーして」と言われても、それなりに対応できるようになったのかなと。もちろんさっき挙げてもらった人との出会いは大きかったです。

    ―――以前、アメリカ拠点で活動しているギタリストのMIYAVIさんにお話を聞いた時、仕事以外で日本人と交流したり頼ることは、甘えになるので避けていると話していました。原口選手はそういったことは?

    原口 あまりコミュニティに入りたくないんですよね(笑)。もちろん助かる部分はありますけど、僕がマメじゃなかったりするので、付き合いとかが面倒くさくて(笑)。しかも、ベルリンデュッセルドルフにいた時は日本人も多かったですけど、ハノーファーは本当にいないので、何か困ったことがあれば、英語やドイツ語の先生に何とかうまく伝えて、切り抜けています。

    ―――noteで「自分の気持ちをコントロールする4つのルール」について書かれた時、4番目のルールで「監視の目」として奥様の存在を挙げられていました。甘えられない環境の中、奥様の存在は多大なる助けになっていますね。

    原口 本当に夫婦で互いに助け合いながら、ですね。友達も数人しかいないですし、ハノーファーは周りに街もないので、日本人もいない。問題があった時は2人で解決していきます。今は、英語やドイツ語をお互い下手なりにも扱えるようになって、誰かに助けを借りるのではなく、2人で乗り越えていける環境ができてきたので、それが結婚してからの5年、2人で頑張ってきた証明なのかなと。

     2人でやってきたことは本当に大きな財産です。日本で生活すると「なんて便利な世界なんだ」と感じますし、ドイツでは大変なことがたくさんある。2人で頑張って来られましたし、一番近くに味方がいることは大きいですね。

    ©Racco


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【【日本代表】「言葉で伝えることが得意ではない」原口元気が文章を書き始めた理由】の続きを読む

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    写真提供: Dugout

     ボタフォゴ所属の元日本代表FW本田圭佑が、クラブの公式インタビューで複数の質問に答えた。自身がCEOとして手がける新しいスクール「NowDo」に通ずる教育について、また8月9日に開幕のカンピオナート・ブラジレイロ(ブラジル全国選手権)について言及している。

    「教育についての活動は、南アフリカなど諸外国での経験からきています。僕が考える教育は、若手選手と積極的にコミュニケーションを取ること。教育の魅力的なところは、知識やスキルはものと違って、一度身につけると一生自分のものになります。故郷や経済的な状況に関係せず、どの子供でもクオリティのある教育が受けられる環境であるべきです」


     また、カンピオナート・ブラジレイロに関しては「このリーグのことはまだ何も知りません。気候が異なる様々な場所に移動するため、試合日程を決めるのが難しいし、リーグ期間も短いです(2020年8月〜2021年2月)。タフな状況の中で継続的に結果を出すには、11人ではプレイヤーが足りないとパウロ(監督)にも言われました」と語った。

     ミランCSKAモスクワなどに所属した本田は、複数のブラジル人選手とプレーしてきた経験からも、ブラジルサッカーの素晴らしさを知る。「この国にどう貢献するかを見られているが、むしろこの国で何を得られるかだと思っている。ハングリーブラジルサッカーから多くを学び、自身の成長に繋げたい」と言及した。



    (出典 news.nicovideo.jp)

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