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    カテゴリ:ナショナルチーム > 日本

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    1 Egg ★ :2019/04/22(月) 09:17:49.47 ID:1Vxq/zCG9.net

     小野伸二をはじめ、稲本潤一、遠藤保仁、小笠原満男、中田浩二、高原直泰、本山雅志らきわめて個性的で質の高い選手がこの世代に集まった。奇跡としか言いようがない。

     彼らが中学生だった時代にJリーグが開幕し、プロという目標はできたが、サッカーの素地はそれ以前に形成されている。みな、育った地域も環境もチームもバラバラだ。指導者レベルもいまほど高くはなく、指導方針もそれぞれのチームの監督次第だった。彼らはそれぞれの場所で純粋培養されて育ってきたのだ。

     それが個性となり、お互いの違いが武器になった。現在のように指導が画一的で、個性がスポイルされる時代には、彼らのような強烈な個性と高い能力の持ち主が一堂に会するという奇跡は起こりにくくなっている。彼らは日本中に放牧されたなかから集められた「天然の一級素材」だったのだ。

     黄金世代が、その名を日本サッカー界やファンに轟かせたのは、1999年のナイジェリア・ワールドユースである。FIFA主催の世界大会で日本は史上初となる準優勝に輝いた。

     この「準優勝」という結果が黄金世代のスタートになった。

     もし、彼らがベスト8くらいで終わっていれば、「優秀な選手が揃った世代だった」というレベルの評価に終わり、それほど注目もされていなかっただろう。だが、決勝に進出し、世界と互角に戦ったことで彼らは高く評価され、世間の注目を浴び、多くのひとに見られることでさらに成長していった。下の世代の選手には、「あの舞台に立ちたい」と思わせるモチベーションを生んだ。そして、ファンには「日本サッカーは捨てたもんじゃない」と今後への期待を膨らませてくれた。

     これが非常に大きかった。


     この前年、フランス・ワールドカップに初出場した日本代表はグループリーグで3連敗を喫し、世界がとんでもなく遠いことを選手もファンもメディアも思い知らされた。その結果、ワールドカップ前に大きく膨らんだ期待はあっという間に萎み、世界との差に日本サッカー界は打ちひしがれていた。そんななか、世代別カテゴリーとはいえ、若き精鋭たちが世界の強豪を打ち負かし、決勝にまで進出したのだ。その偉業は98年の悪夢から日本を目覚めさせ、選手たちは「俺たちでもやれるんだ」と自信を取り戻し、2002年日韓ワールドカップに向けて大きな希望の灯をともした。

     黄金世代が日本サッカー界のV字回復、その着火剤となったのだ。
     現在に至る日本人選手の海外移籍の流れを作ったのも、彼らだった。

     最近では前回のU-20ワールドカップで堂安律が活躍し、オランダへの移籍が決まったが、99年のワールドユース後は大会のベスト11に小野と本山が入ったのにもかかわらず、誰ひとりとして海外移籍が実現しなかった。当時は、中田英寿がセリエAでプレーしていたが、日本代表のトップの選手しか海を渡れなかったのだ。それほど海外移籍は狭き門だったのである。

     小野たちが海外に行くまでナイジェリアから2年間の時間を要している。

     彼らはスポンサー枠や客寄せパンダではなく、個々の力を評価され、しかも有名クラブへの移籍を実現させた。小野はオランダの強豪フェイエノールト、稲本はプレミアリーグのビッククラブであるアーセナル、高原はアルゼンチンの強豪ボカ・ジュニオルスである。その後、中田浩二、小笠原満男らも欧州に渡った。

     小野は、その技術の高さと独特のセンスで入団1年目から活躍し、UEFAカップで優勝、その後もオランダやドイツで活躍した。アーセナルでの稲本は1試合も出場できずに苦しんだが、02年日韓ワールドカップで活躍してフルアムへの移籍を勝ち取り、約9年間、海外でプレーした。

    そうした彼らの活躍と努力の跡に海外への道が開かれ、その後、長谷部誠、本田圭佑、香川真司、長友佑都、岡崎慎司らが海外移籍へのチャンスを掴んだ。いま、若い選手たちが比較的容易に海外へ飛び出していけるのは、自らの実力もあるが、小野たちが作った道でもあるといっても過言ではない。

    2019年4月20日 18時9分サッカーダイジェスト
    http://news.livedoor.com/lite/article_detail/16346760/

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    (出典 image.news.livedoor.com)


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    39季ぶり欧州リーグ4強に導いた貢献ぶりに母国紙は軒並み高評価「脱帽」

     海外サッカーの欧州リーグ準々決勝でベンフィカを下し、見事に39季ぶりの4強進出を決めたフランクフルト。18日の第2戦で元日本代表MF長谷部誠はDFとしてフル出場し、セミファイナル進出に貢献した。ドイツ地元紙も軒並み称賛しており、評価はうなぎ上りだ。

     2-0の完封勝ち。2戦合計4-4となったが、アウェーゴールの差で4強に駒を進めたフランクフルト。立役者の一人となったのが、3バックの中央でフル出場した長谷部だ。地元紙「Frankfurter Rundschau」は各選手の寸評の中で、日本人リベロを絶賛している。

    「ハリス・セフェロビッチ(16-17シーズンまでフランクフルトに在籍していたベンフィカFW)は、ここまで強い日本人選手を記憶しているだろうか? 恐らく記憶にないだろう。ハセベは元チームメートのストライカーを絶えず封じ込めた」と、かつての同僚に仕事をさせなかった長谷部を称えた。

     さらに「ゴールライン上では、ヒールボールクリア。競り合いでも常に主導権を握っていた。脱帽。彼は(こうしたプレーを)いとも簡単にやってしまう」とも記し、DFとしての貢献ぶりに舌を巻いている。

     また、大衆紙「Bild」も各選手の採点で、チーム2番手の高い評価を与えた上で「リベロは最高の状態。誰も彼を突破できない。ゲームメーカーとして後方から攻撃を活性化させていた」と称賛している。

     UEFAが発表した今節のELベストイレブンでもセンターバックとして選出されるなど、評価が天井知らず状態となっている長谷部日本代表ユニホームを脱いでなお、35歳の輝きは衰えるどころか、一層、増している。(THE ANSWER編集部)

    欧州リーグ4強進出に貢献した長谷部誠【写真:Getty Images】


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    1年間で10センチ成長、小3から指導する木場氏「私もついに抜かれてしまいました」

     海外サッカースペインリーグ1部の名門レアル・マドリードの下部組織カデーテA(U-16)に所属するMF中井卓大。華麗なテクニックサッカーセンスからバロンドールに輝いたクロアチア代表ルカ・モドリッチ2世の期待を集めるが、フィジカル面も急成長。師匠を超える身長180センチの大台に突入したことが明らかになった。

    スペインサッカー選手としても成長しているピピですが、フィジカル面の成長は凄まじいものがあります。去年1年間で身長は10センチ伸びました。年末は178センチでしたが、この短期間で180センチになりました。もう驚きです。私もついに抜かれてしまいました」

     こう語ったのはプロトレーナーの木場克己氏。体幹・体軸・バランスを強化する「Koba式体幹・バランストレーニング」の開発者で、数々のトップアスリートの専属トレーナーを務め、JP日本郵政女子陸上部をアドバイザーとして指導。16年に創部3年目にしてクイーンズ駅伝優勝に導いたスペシャリストだ。

     高校時代にレスリング選手だった木場氏は筋骨隆々の179センチだが、小学3年生から指導してきた愛弟子に、15歳にして抜かれたことを驚いた。神奈川県で行われた「U-16キリンレモンCUP」に出場するため、チームとともに一時帰国しているピピ。19日に行われた東京ヴェルディU-16戦後に電話で話した木場氏は、「白い巨人」の次代のスターとして期待を集める金の卵の急成長を陰ながら支えている存在だ。

    「ピピには動画でトレーニングメニューを渡しています。毎朝、体幹に刺激を入れるメニューに真面目に取り組んでくれています。タケフサ(FC東京MF久保建英)とは年齢差はありますが、同じ強度のメニューもこなせるようになりました。彼は小学3年生からずっと続けている。継続性という部分も彼の才能でしょうね」

    中井が実感する指導の成果、木場氏「レアルに来てから一度も怪我がない」

     一時帰国のタイミングで都内のジムで指導するが、普段は東京からマドリードという遠隔指導となる。心技体ともに進化を続ける15歳だが、日々の指導の成果を強く感じているという。

    「ピピがいつも話していることは、レアルに来てから一度も怪我がないということ。レアルチームメートは全員大なり小なりシーズンを通じて、怪我に向き合っているそうですが、ピピにはそれがない。日々の体幹トレーニングの効果を実感しているそうです。さらに、あそこまで体が成長しても成長痛もないと喜んでいました」

     木場氏はこう語った。恩師の指導に感謝しながら、練習に取り組む中井の急成長を支えているのは、成長期のアスリート向けに開発した特別なトレーニングメニューだという。

    「育成年代に怪我をしてしまったら、その後のキャリアに大きな影響を与えることになります。怪我の予防につながるメニューになっています。特に、膝はサッカー選手にとって大事なので、膝回り、体の軸を強化する内容です。このまま怪我なく、レアルトップチームまで駆け上がってもらいたいです」

     木場氏はさらなる飛躍に願いを込めていた。今季はリーグ戦で鮮やかなシュートを連発するなど成長著しい中井。育成のプロのサポートを受けながら、階段を駆け上がっている。(THE ANSWER編集部)

    レアル・マドリードの下部組織カデーテA(U-16)に所属する中井卓大【写真:松岡健三郎】


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    1 豆次郎 ★ :2019/04/19(金) 21:00:14.20 ID:mOQ1v5FS9.net

    4/19(金) 20:19配信
    レアル16歳以下に所属の中井卓大 目標は「外国人ではモドリッチ、日本人では乾貴士選手」

     レアル・マドリードのカデーテA(16歳以下)に所属するMF中井卓大(15)が、目標とする選手を「外国人ではモドリッチ、日本人では乾貴士選手」と掲げた。


     19日に開幕したU―16キリンレモン杯に、Rマドリードの一員として参加中。カデーテB(15歳以下)で優勝した前回大会以来1年1カ月ぶりの日本凱旋で、初日は東京V戦と桐光学園戦の2試合(30分ハーフ)に中盤で出場した。

     フル出場した東京V戦はインサイドハーフの位置で起用にボールをさばき、シュートも放った。桐光学園戦は後半17分に退くまでキャプテンマークを巻いて連勝に貢献。昨年のフランス遠征でU―15日本代表に初招集したU―17日本代表の森山監督もプレーを見守った。

     1年前より中井の身長は約5センチ伸び、現在1メートル80。体重も3、4キロ増えて62キロとなり、スケール感が増している。「レアル・マドリードのトップチームでゴールを決めて活躍したい。日本代表に入ってW杯に出て活躍したい」。試合後には日本の報道陣から促される形で、はにかみながら流ちょうなスペイン語で将来の夢を語った。

     16歳以下のカデーテAに所属する今季はチームの副キャプテンを任されている。昨年9月開幕のリーグ戦はここまで24戦6得点。紛れもない主力として首位独走状態に導いており、27日の第25節で勝てば優勝が決まる状況だ。クラブでは6月のシーズン終了後に来季の昇格者が審議され、決まれば来季はフベニール(17歳以下)に所属する。チーム広報によると、約9割の選手が昇格するという。

     ロドリゲス監督は、日本人の中井の能力に太鼓判。「とてもポテンシャルのある選手で、レアルのチームの中でとても大事な選手の一人。彼はモドリッチに近い選手になるだろう。バスケスのような中心人物になるだろう。僕はモドリッチよりも強い選手に育ててあげたい」と絶賛した。

     チームメートからの信頼も厚い。主将のDFカジェハは「もう何年も一緒にプレーしているが、彼はとてもモチベーションのある選手で、こういう大会でも常に意識が高い。何よりとてもいい人。(私生活では)みんなと同じようにごく普通で、みんなとふざけ合ったり音楽を聴いたりするのがとても好き」とおちゃめな一面も明かした。

     国内外の8チームが優勝を争う大会は3日間開催され、他には湘南ベルマーレ、チョンブリ―FC(タイ)、FC東京、ジェフユナイテッド市原・千葉、三菱養和サッカークラブが参加している。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190419-00000200-spnannex-socc

    (出典 amd.c.yimg.jp)


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     ハンブルガーSVに所属するDF酒井高徳が、ドイツの地元メディアに対して日本復帰の希望を明言したことで、今夏に7年半ぶりとなるJリーグ復帰の可能性が浮上した。

     本人は「僕の中で最後は日本でキャリアを終えたいというのは実際にあるので、そこ(復帰希望)の事実に関しては間違ってはいない」と断言。だが「この夏とはハッキリ言っていない」とも話し、あくまでも将来的な復帰を考えていると説明した。

     地元紙『ハンブルガー・モルゲンポスト』は、酒井がJリーグへの復帰を望んでいると報道。HSVとの契約が2020年夏までであり、家族もすでに日本へ帰国していることから、今夏の退団を示唆したとして話題になっていた。しかし本人は15日のブンデスリーガ2部第29節ケルン戦後、「(復帰が)『この夏』みたいな雰囲気で報道されていたけど、そういう感じじゃなくて…」と苦笑いを浮かべた。

    ドイツメディアインタビューを受けたとき、来年まで契約があるという話になって、僕としては『昇格を目指して頑張る。でも、家族が日本にいて非常に寂しい日々を過ごしているのもあるから、家族に会いたいし、日本に戻りたい感覚はある』と話した。でもそれは『チームが昇格したら』という話で、『いつかどこかのタイミングで日本に行くこともあるかもしれない』というふうに話したら、『この夏』みたいな感じになっていた」

     今はチームの1部復帰を最優先に考えている。HSVはブンデスリーガ2部第29節を終えて勝ち点「52」で自動昇格圏内の2位。首位ケルンとは7ポイント差、3位ウニオン・ベルリンとは3ポイント差だ。チームは現在4試合未勝利で、シーズン残り5試合で激しい昇格争いが待っている。だからこそ、今は目の前の試合に集中している。「ここに残った一つの理由に『昇格』というのが明確にあるので、本当に昇格に対してチームにどれだけ力が出せるか、どれだけやれるかというのが大事だと思っている」とまっすぐな表情で話す。

     昨夏に帰国した家族についても、昨年末に同紙のインタビューで「子供が日本の学校に行くことになりました。これは妻が決めたことです。子供に転校を繰り返してほしくないからで、僕も正しい決断だと思います」と説明。日本復帰に向けた準備と言うより、愛する子供たちの環境を考えてのことだった。

     ただ、Jリーグ復帰への思いはたしかに強い。「僕はまだ日本に伝えることがいっぱいある」。2012年1月からドイツで戦い、HSVではブンデスリーガ日本人初の主将も務めた。これまで培ってきた豊富な経験を還元するという使命感が胸にある。「日本でプレーして、日本に貢献したいという気持ちはすごくある。最後は日本で、Jリーグサッカーを辞めたい」。

     今シーズン昇格を決めたら、もしかしたら今夏復帰の可能性もあるのかもしれない。でも本人は今のところ日本へ戻るタイミングを明確にはしていないという。「結果次第で、状況やシチュエーションが変わることはあると思う」。まずはなによりHSVの1部昇格。そこが叶った先に酒井の将来が見えてくる。

    酒井高徳は将来的な日本復帰を語った [写真]=Getty Images


    (出典 news.nicovideo.jp)

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