Football Select

サッカーの事についてまとめています。 日本サッカー(J1・J2 etc) 海外サッカー(プレミア・リーガ・セリエA・ブンデス etc) 掲載しています。 良かったら覗いてください。

    カテゴリ:日本リーグ > J2



    (出典 www.soccerdigestweb.com)



    ジュビロ磐田は9日、日本代表FW川又堅碁(30)とDF森下俊(33)の契約満了を発表した。

    川又は2017年名古屋グランパスから加わり、その初年度から2シーズン連続で明治安田生命J1リーグ二桁得点を挙げる活躍を披露。だが、今シーズンはケガに苦しみ、8試合しか出場できず、ゴールも開幕戦でマークした1得点にとどまった。

    森下2005年に磐田下部組織から昇格後、京都サンガF.C.川崎フロンターレプレー2014年に磐田復帰を果たしたが、近年は出番が減り、今シーズンはJ1リーグ1試合を含む公式戦8試合の出場に終わった。

    シーズンのJ1リーグで最下位に終わり、来シーズンより再びJ2リーグからの出直しとなる磐田。その磐田を退団することが決まった両選手はクラブ公式サイトを通じて次のようにコメントしている。

    ◆川又堅碁
    「3年間お世話になりました。今年は怪我が続き、チームに貢献出来ず本当に申し訳なく思っています。早く怪我を治してチームに戻りたかったのですが、契約満了に伴い、来季の契約はしないという、サッカー人生初の0円提示を受け、ショックと自分の不甲斐なさにがっかりしています」

    サポーターの皆様には、本当に勇気をもらいましたし、何も返すことが出来ず去らなければならないことをお詫びします。まだまだサッカーをやりたいので、これからチームを探し、もう一度元気な姿を必ずお見せします!! ありがとうございました!!」

    ◆森下俊
    「ユース時代からお世話になり、2014年に復帰させてもらいそれから6年間お世話になり、感謝しています。僕に関わってくれたクラブスタッフの皆様ありがとうございました。今年はチームとしても個人としても、悔しいシーズンになってしまいましたが、自分自身まだまだ成長したいですし、必要とされるところでサッカーを続けたいです」

    「直接挨拶出来なかった選手、ファンサポーターの皆さんには、申し訳ありません。ファンサポーターの皆さんには最後まで応援して頂き、本当にありがとうございました。またどこかで森下俊がサッカーをやっている姿を見せつけたいです。ありがとうございました

    サムネイル画像


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【【Jリーグ】J2降格の磐田、川又堅碁が「サッカー人生初の0円提示」で退団…育成出身の森下俊も契約満了】の続きを読む



    (出典 www.soccer-king.jp)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2019/12/04(水) 16:01:09.18 ID:4wQ1aVE/9.net

    日本サッカー協会は4日、EAFF E-1サッカー選手権に臨む日本代表メンバーを発表。J2・柏レイソルに所属するDF古賀太陽が初選出された。

    小学4年生で柏レイソルU-12のセレクションを受けて以来、クラブ一筋でプレーしてきた古賀は、2017年にトップチームに昇格。
    第2節で初出場を果たすと、ルーキーイヤーは公式戦16試合に出場した。

    18年はアビスパ福岡へ期限付き移籍。井原正巳監督(当時)の薫陶を受けた古賀は、J2リーグで21試合に出場。
    今季からヘッドコーチに就任した井原とともに柏に復帰した。

    今季から再び指揮を執るネルシーニョ監督の下、生え抜きのDFは出場機会を掴んだ。
    3月17日の京都サンガ戦で初めて先発すると、U-22日本代表活動のために欠場した2試合を除いて、以降のリーグ戦全試合に先発。チームのJ2優勝に大きく貢献した。

    182cmの体躯を誇り、柏のアカデミー選手らしく、足元の技術に秀でている。センターバックで起用されることもあるが、柏では左サイドバックが主戦場。
    利き足は右足だが、左足からでも精度の高いボールを蹴ることができる。左サイドからカットインして放つ鋭いミドルシュートは魅力の一つでもある。

    日本代表は4バックをメインで使用しているので、そのまま左サイドバックでの起用が予想されるだろう。3バックを採用する場合は最終ラインだけでなく、ウイングバックでのプレーも考えられる。

    DFは古賀を含めて6人が選出されている。佐々木翔とポジションを争うことが予想されるが、ベネズエラ戦に先発した佐々木は低調なパフォーマンスに終始した。
    3試合を戦う今大会で、古賀にチャンスが与えられる可能性は十分に考えられる。

    古賀がつける背番号4は、酒井宏樹、中谷進之介といったアカデミー出身のDFが付けていた番号でもある。
    奇しくもクラブ名の由来である“太陽”を名前に持つ。J1でのプレー経験はルーキーイヤーのみだが、今後の伸びしろも含めて、注目が集まる選手の1人だ。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191204-00351214-footballc-socc
    12/4(水) 15:21配信


    (出典 newsimg.glossom.jp)


    (出典 www.reysol.co.jp)


    https://soccer.yahoo.co.jp/jleague/players/detail/1603080/132
    成績

    DF古賀 太陽
    フリガナコガ タイヨウ
    背番号4
    身長/体重182cm/71kg
    生年月日1998年10月28日
    出身地新潟
    血液型B
    所属チーム名舞浜FCファルコンズ-柏レイソルU-12-柏レイソルU-15-柏レイソルU-18-柏レイソル-アビスパ福岡


    (出典 Youtube)

    【公式】ゴール動画:古賀 太陽(柏)42分 柏レイソルvsFC琉球 明治安田生命J2リーグ 第26節 2019/8/4


    【【日本代表】初招集、古賀太陽(21)とは何者? 柏レイソルに現れた“太陽”が秘める可能性 182cm/71kg】の続きを読む

    no title


    1 Egg ★ :2019/11/30(土) 16:00:42 ID:8/Kxtpbo9.net

    明治安田生命J1リーグ第33節が30日に行われ、松本山雅FCとジュビロ磐田が最終節を残してJ2降格が決定した。

     松本はアウェイでG大阪と対戦。前半序盤に小野瀬康介に先制弾を許すと、30分と45分にも井手口陽介に2ゴールを献上。3点のビハインドを背負うと、後半にもアデミウソンにダメ押し点を献上。終了間際に1点を返したものの及ばず、1-4で敗れた。

     残留へ勝たなければならない状況であった磐田は、松本昌也のゴールで先制したものの、前半のうちに長谷川アーリアジャスールに同点弾を許してしまう。しかし後半に大久保嘉人が勝ち越し点を奪い、2-1で勝利した。

     一方でホームに広島を迎えた湘南は、9分に決まったオウンゴールの1点を守りきり、1-0で勝利。この結果、松本と磐田の17位以下が確定。2チームの降格が決定した。

     今季、4年ぶりにJ1昇格を果たした松本は、8年目となる反町康治監督のもと、残留を目標に戦ってきたものの、シーズンを通して深刻な得点力不足に悩み、苦境を抜け出せず。J1挑戦はわずか1年で終えることとなった。

     また、同じく降格が決まった磐田は今季、開幕5戦未勝利でスタートすると、不振が続いたことも影響し、6月30日の第17節・川崎フロンターレ戦をもって名波浩監督が辞任。

     後任は鈴木秀人ヘッドコーチが昇格したものの、苦境を脱することができず。わずか1カ月半で契約解除となり、小林稔ヘッドコーチが暫定的に指揮を執る状況に。その後、スペイン人のフェルナンド・フベロ監督が就任し、ここ5試合で2勝1分2敗と盛り返していたものの、16位に届かず。名門が2度目の降格の憂き目に遭ってしまった。

    11/30(土) 15:57配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191130-00010016-goal-socc

    写真
    (出典 amd.c.yimg.jp)


    【【Jリーグ】ジュビロ磐田と松本山雅の降格が決定!】の続きを読む



    (出典 img.footballchannel.jp)



     京都パープルサンガ(当時)でプロ生活をスタートさせて20年目の今年、松井大輔はJ2の舞台にいた。2004年フランスル・マンを皮切りに、プロ生活の約半分を海外で過ごし、日本代表でも活躍した。ボールを持つと見るものを惹きつけ、ワクワクさせた。まさに、松井が“ファンタジスタ”と呼ばれるゆえんだ。

     そんな松井も今年38歳になった。横浜FCでは「やりたい」と思っていたボランチに挑戦し、頭を使ってボールを奪いに行く姿は新鮮に映った。最終戦でJ1昇格を果たした松井に、今シーズンについて話を聞いた。

    取材・文=藤井雅彦

    ――J1昇格おめでとうございます2019シーズンが終わっての率直な感想を聞かせてください。

    松井 ホッとしています。僕個人としては、1月にカズさん(三浦知良)と一緒にグアムで自主トレを行ったおかげで、良いコンディションをキープしてシーズンを戦うことができました。昨シーズンよりもたくさんの試合に出場することができて、充実したシーズンを過ごせたと思います。

    ――松井選手がボランチとしてプレーする姿は新鮮でした。

    松井 30歳を過ぎてからは、チャンスがあればボランチをやりたいと思っていたんです。でも所属チームの事情もあってなかなか叶わなかったんですよね。シーズン途中から監督に就任したシモさん(下平隆宏監督)がボランチに据えてくれたのは自分にとって大きな出来事でした。

    ――ボランチの居心地はいかがでしたか?

    松井 自分が思い描いていたボランチ像は、どちらかというと泥臭く守備で汗を流す昔ながらのプレーヤーでした。でも横浜FCはしっかりとボールを保持しながら前へ進んでいくチームで、相手よりもポゼッションできるケースの多いチーム。だからテンポ良くボールを動かし、シンプルに前線の選手へボールを供給するのが自分の役割になりました。今までと違うポジションで新しいサッカー観を養いながらプレーするのは楽しかったです。

    ――守備の負担は気になりませんでしたか?

    松井 ボールを奪う守備は好きなんです。インターセプトも、対人で奪うことも好き。でも年齢が年齢なので走るのはあまり好きじゃない(苦笑)。ただし、走らないとボールは奪えないので、効率良くボールを奪うために頭をフル回転させました。味方と相手の位置関係やボールの位置を考えて、今まで体を使って奪いに行っていたものが頭を使うようになった感じです。

    ――夏には中村俊輔選手が加入し、ボランチでポジションを争う構図になりました。想像していない展開だったのでは?

    松井 そうですね(苦笑)。僕としてもシュンさん(中村俊輔)はトップ下をやるんじゃないかというイメージでしたから。でも、日本代表で一緒にプレーしていたシュンさんと、お互いにポジションを変えて同じチームで戦えるのはすごく幸せです。

    ――中村選手はポジションを争うライバルですか?

    松井 その表現はおこがましいと思っていますね。チームメイトなのは間違いないですが、サッカーの実績や経験値という意味では大先輩ですから。でもシュンさんとはざっくばらんにいろいろな話をします。シュンさんはサッカーを見る目が肥えているので、話を聞いていて納得することがとても多い。他の選手とは視点がちょっと違うのですごく勉強になるし、同じボランチでもそれぞれカラーが異なるので吸収すべき点は多いと感じました。

    ――では、来季以降のポジションのこだわりは?

    松井 自分としてはボランチをやりたいと思っています。ボランチとして成長したい、伸びたいという思いがあります。

    ――創造性あふれるプレーを得意とする松井大輔を、J1の舞台で見たいファンもいると思います。

    松井 今の年齢になって派手なプレーをしていたら『何をやっているんだ?』と思われないかな(笑)。でも自分の中にファンタジスタの血は流れているので、時と場合によってプレーを選択していくことが大切です。だからチームが勝っていて少し余裕のある状況なら、そういう自分を解放したいですね。冷静に頭を使いながらも、観客が楽しめるプレーを忘れないようにやっていきたいですね。

    横浜FC在籍2年目でJ1昇格を決めて喜びを語る松井大輔[写真]=藤井雅彦


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【【Jリーグ】J1昇格を果たした横浜FC・松井大輔が語る今の自分とJ2】の続きを読む



    (出典 img.neirong.plus)



    「勝てばJ1昇格が決まるプレッシャー? それはあるけど、毎試合かな。1回でもミスったら松井(大輔)や田代(真一)とかボランチがいっぱいいるから。そっちのプレッシャーの方が大きくて、J1に上がることを上回るプレッシャーだったから、ホントに一発勝負。(ベンチ外からスタメンに抜擢された10月27日の東京)ヴェルディ戦なんかまさにそう。あれでコケたらまた戻っちゃうし。あの試合で点取れて勝てたから、今回も出れた。努力して突き進んできて、こういう経験ができたことに感謝したいですね」

     11月24日愛媛FCとのJ2リーグ最終節。横浜FCは2-0で勝利し、自力で13年ぶりのJ1切符を手繰り寄せた。シーズン途中から指揮を執る下平隆宏監督が終了間際に三浦知良を送り出すドラマを演出する中、ボランチで先発した中村俊輔はベンチから歓喜の瞬間を見守り、安堵感を体いっぱいに表現した。

     ジュビロ磐田に在籍していた2月23日松本山雅との開幕戦で先発しながら後半開始早々に交代を強いられてからというもの、今季の中村は苦悩と焦燥感を繰り返し味わってきた。結局、磐田では足首の軟骨の痛みもあってコンディションが万全となることはなく、ピッチに立つ時間はほとんど得られなかった。そんな状況を変えるため、7月に人生初となるJ2でのプレーを決断。地元・横浜に凱旋した。

     だが、これまでの主戦場とは異なるボランチでの起用に悪戦苦闘。思うように出場機会をつかめず、ベンチ外になることも少なくなかった。中村自身も「J3か引退しかないっていう、そこまでの危機感っていうか、恐怖だよね」と神妙な面持ちで言うほどギリギリのところまで追い込まれていた。

     それでも、10月京都サンガF.C.戦を0-3で落としたことが大きな転機になった。下平監督はそこまで主力だったイバやレアンドロ・ドミンゲス、松井らを外し、中村俊輔や佐藤謙介、皆川佑介といった面々をスタメンに抜擢。彼らが結果を出したことで、最後までそのユニットを使い続けたのだ。

     とりわけ、ボランチは中村と佐藤の息の合った連携が光った。かつて柏レイソルで明神智和(現・AC長野パルセイロ)とコンビを組み、職人肌ボランチとして活躍した指揮官は、2人の関係性に大きな手応えを感じたのだろう。彼らは愛媛との大一番でも“生かし生かされる関係”を体現し、チームを力強く支え、攻守のバランサーとして舵を取った。

    横浜FCに来た当初、自分には『中盤で作って』っていうボランチ像があったけど、たぶんそれが違ってたんだろうし、そこにも気づいていた。でも、体に染みついたプレーがあるから、ちょっと難しかったんだよね。その後、シモさんが求めるものと、もともと自分がトップ下でやっていた感覚を織り交ぜたら、ベンチ外の練習でだんだんフィットしてきた。『できるわ』って感覚があったからヴェルディ戦でもはまったし、今までうまく来た。こういう経験は今後また他の選手にも言えるし、指導者とかになった時も生きると思いますね」

    ◆理想の選手像になるために、YouTubeチェックしているのは…

     悟りの境地に達したのは、新天地に赴いてから3カ月が経過した頃だった。中村ほどの高度な経験値を持つ選手でも、やはり環境やリーグが変われば、適応するまでに時間を要する。その時間的ロスを最小限にとどめたことで、彼は半年間という短い契約期間の中で「J1昇格請負人」の責務を果たした。環境の変化やポジション変更とさまざまな難問に折り合いをつけ、手にしたものはやはり大きかったのだ。

    「正直、納得はしてないけどね。もっと自分のプレーってものがあるし、本当に俺の理想ではないけど、能力がないんだったらこうやって(ポジションを変えて)試合に出るしかない。自分を認めてやるところはやるけど、やっぱり諦めたくないわけ。ずっとリケルメみたいに『ザ・10番』でやっててもよかったのかなっていう気持ちもあるし。

     ただ、ここに残ってボランチとしてやるならもっと前に絡んでいかないといけないと思う。J1に上がったら本当にそう。だから今はボランチばっかユーチューブで見てるよ。大島(僚太)くんが一番いいね。アジリティがあって技術もあってっていう、ああいうサッカーがすごくいいと思うから」

     こう発言し、目を輝かせる中村俊輔は、41歳になった今も自身の理想像を追い求めつつ、プレーヤーとしての幅を広げている。ボランチという新たなポジションに挑むことも全てが前向きな経験。長年やってきたトップ下の要素も加味しながら、もっとパス出しや攻撃の起点になれるはずだと信じ続けている。その野心と向上心がこの男の凄さである。

     先輩・カズに「確かな技術と経験を持った選手。そして本番の試合に強い。しかもサッカーが好きな気持ちと情熱があって、まだまだうまくなれるんじゃないかって思って取り組んでる。それを見て自分も頑張りたいなと思いました」と最大級の賛辞を贈られた技巧派レフティは、どこまでも成長し続けるはず。中村俊輔という永遠のサッカー少年に年齢は関係ないのだ。

    「俺はやっぱりもしかしたら『サッカーやる人なのかな』と。指導者向いてないのかなって思うこともある」と苦笑いした41歳は、足首が完全に壊れるまで、ひたむきかつ貪欲にピッチに立ち続けるはず。2020年のJ1での躍動が今から大いに楽しみだ。

    文=元川悦子

    [写真]=大木雄介


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【【元日本代表】41歳の中村俊輔が求める理想像…「ボランチばっかユーチューブで見てる」】の続きを読む

    このページのトップヘ