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    カテゴリ:日本リーグ > J1



    (出典 f.image.geki.jp)



    1 Egg ★ :2018/11/16(金) 17:41:44.72 ID:CAP_USER9.net

    笑顔でがっちりと握手!

    サガン鳥栖に所属する元スペイン代表FWのフェルナンド・トーレスが14日、自身のインスタグラムを更新し、珍しい2ショット写真を公開した。

    スペイン・サッカー界の巨星が、笑顔でがっちりと握手を交わしているのは、横綱の白鵬だ。
    今回は、平成の大横綱の昼食に招待される形でF・トーレスは訪ねたようだ。その迫力のある一枚には、こんな言葉が添えられている。

    「白鵬さんは史上最高の“スモウレスラー”だと思います。私は彼と昼食をともにするために招待され、とても感激させられる話を聞く特権を得た。
    彼は怪我の為に次の大会に参加できていないということを聞き、とても残念に思う。友よ、しっかりと治してくれ」

    白鵬は2007年に横綱に昇進してから、通算勝利、横綱勝利、幕内優勝回数で前人未到の記録を打ち立ててきた押しも押されもせぬ名力士だ。
    今は、右膝骨片摘出術、右足関節鏡遊離体摘出術を受けたため、現在行なわれている九州場所は休場している。

    この意外とも言うべき、2ショットには、ファンも反応。「夢のツーショット!」や「素晴らしすぎる二人」
    「オーマイガー!」「横綱と張り合っているあなたも、やはり凄いです」といった反響コメントが相次いだ。

    F・トーレスが所属する鳥栖は、32節終了時点で15位だが、プレーオフ圏である16位の名古屋グランパスとは同勝点(37)のため、負けられない戦いが続く。
    「史上最高の相撲取り」から大きな刺激を受けた点取り屋が、チームを残留に導くため、残り2試合でどんな活躍を見せるのか楽しみだ。

    11/14(水) 14:48配信  サッカーダイジェスト
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181114-00050212-sdigestw-socc

    写真

    (出典 scontent-nrt1-1.cdninstagram.com)


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    (出典 img.footballchannel.jp)



     10日に行われた明治安田生命J1リーグ第32節、ガンバ大阪湘南ベルマーレの一戦でG大阪に所属する元日本代表MF遠藤保仁がJ1通算600試合出場を達成した。楢崎正剛名古屋グランパス)に次ぐ2人目、フィールドプレーヤーでは史上初の快挙になる。では、欧州5大リーグで600試合出場を果たした選手はどれほど存在するのか。各リーグ別に紹介する。

    写真=Getty Images

    ◆■セリエA ◆パオロ・マルディーニ(DF/元イタリア代表)

    生年月日:1968年6月26日(50歳)
    出場数:647
    経歴:ミラン(1985~2009

    プロ生活25年間で通算26のタイトルを獲得したミランのバンディエラ(旗頭)。弱冠16歳セリエAデビューを果たし、2007年に史上初の600試合出場を達成。647試合という歴代最多出場記録は今も破られていない。

    ジャンルイジ・ブッフォン(GK/元イタリア代表)

    生年月日:1978年1月28日(40歳)
    出場数:640
    経歴:パルマ(1995~2001)→ユヴェントス(2001~2018)→パリ・サンジェルマン2018~)

    2016年11月に史上4人目、GKとしては初のセリエA通算600試合出場を達成。マルディーニ氏の出場記録にはあと一歩及ばなかったが、優勝回数は歴代最多の9回を誇る。

    フランチェスコ・トッティ(FW/元イタリア代表)

    生年月日:1976年9月27日(42歳)
    出場数:619
    経歴:ローマ(1993~2017)

    1993年3月のブレシア戦でセリエAデビュー。以来、25シーズンにわたりローマ一筋でプレーし続け、セリエA歴代2位となる250ゴールを記録した。

    ハビエル・サネッティ(DF/元アルゼンチン代表)

    生年月日:1973年8月10日(45歳)
    出場数:615
    経歴:タジェレス(1992~93)→バンフィエルド(1993~95)→インテル(1995~2014)

    外国人選手”として唯一のセリエA通算600試合出場を達成。1999年からはインテルキャプテンを務め、2014年に現役を引退した後には、背番号4が永久欠番となった。

    ◆■プレミアリーグ ◆ギャレス・バリー(MF/元イングランド代表)

    生年月日:1981年2月23日(37歳)
    出場数:653
    経歴:アストン・ヴィラ(1998~2009)→マンチェスター・C20092013)→エヴァートン2013~2017)→ウェスト・ブロムウィッチ2017~)

    2016年9月にプレミアリーグ通算600試合出場を果たすと、昨年9月のアーセナル戦で633試合目の出場を果たし、歴代最多記録を更新した。今季は2部でプレーするが、1部昇格が実現すればさらに記録を伸ばす可能性がある。

    ライアン・ギグス(MF/元ウェールズ代表)

    生年月日:1973年11月29日(44歳)
    出場数:632
    経歴:マンチェスター・U19902014)

    プレミアリーグの通算出場数はバリーに次ぐ2位だが、優勝回数は歴代単独トップの13回を誇る。マンチェスター・Uでは公式戦通算963試合に出場し、168ゴールを記録した。

    フランク・ランパード(MF/元イングランド代表)

    生年月日:1978年6月20日(40歳)
    出場数:609
    経歴:ウェストハム(1995~2001)→スウォンジーレンタル:1995~96)→チェルシー(2001~2014)→マンチェスター・C2014~2015)→ニューヨーク・シティ(2015~16)

    マンチェスター・Cの選手だった2015年3月に、プレミアリーグ通算600試合出場を達成。同リーグ通算150ゴール超えを達成した唯一のMFとしても知られる。

    ◆■リーガ・エスパニョーラ ◆アンドニ・スビサレッタ(GK/元スペイン代表)

    生年月日:1961年10月23日(57歳)
    出場数:622
    経歴:アラベス(1980~81)→アスレティック・ビルバオ(1981~86)→バルセロナ(1986~94)→バレンシア(1994~98)

    リーガ・エスパニョーラで唯一600試合出場を果たし、通算で6度のリーグ優勝、1度のチャンピオンズリーグ優勝を経験した。スペイン代表としても4大会連続でワールドカップに出場。同国史上初めて代表100試合出場を達成した選手でもある。

    ◆■ブンデスリーガカール・ハインツ・コーベル(DF/元西ドイツ代表)

    生年月日:1954年12月1日(63歳)
    出場数:602
    経歴:フランクフルト(1972~1991)

    ブンデスリーガで唯一600試合出場を達成した選手。約20年に及ぶプロ生活をすべてフランフルトで過ごし、DFながら45ゴールを挙げた。

    ◆■リーグ・アンミカエルランドロー(GK/元フランス代表)

    生年月日:1979年5月14日(39歳)
    出場数:618
    経歴:ナント(1996~2006)→パリ・サンジェルマン(2006~2009)→リール(20092012)→バスティア2012~2014)

    リーグ・アン最多の618試合に出場。フランス国内の4つのクラブを渡り歩き、バスティア時代の2013年12月リーグ歴代最多出場記録を更新した。

    ジャンリュック・エトリ(GK/元フランス代表)

    生年月日:1955年7月29日(63歳)
    出場数:602
    経歴:モナコ(1975~94)

    現役時代は、モナコ一筋のキャリアを送った。フランス代表としては1982年スペインワールドカップに出場。準決勝の西ドイツ戦では、W杯史上初のPK戦を経験した。

    (記事/Footmedia

    各リーグで600試合以上に出場したレジェンドたち [写真]=Getty Images


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 www.football-zone.net)



    1 Egg ★ :2018/11/14(水) 19:32:00.26 ID:CAP_USER9.net

    写真
    https://pbs.twimg.com/media/Dr2TtZjWwAEhjR7?format=jpg&name=small

    今夏にスペインの名門バルセロナからJ1ヴィッセル神戸に移籍した元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタのプレーは、日本だけでなく、海外からも大きな注目を集めている。そんななか、イニエスタが母国スペインの放送局「クアトロ」の番組「Calleja」に出演。インタビューに応じたが、その突飛な方法が海外から脚光を浴びている。

    「イニエスタが浴槽で革新的な裸インタビュー」と報じたのは、ブラジルメディア「Torcedores」だ。「とりわけバルセロナにおいて強い印象を残したスペイン人MFが意外な形でメディアに登場した」と続けている。スペイン放送局「クアトロ」の番組「Calleja」のインタビューに応じたイニエスタは、ジャーナリストとともに温泉風呂に入ってリラックスした様子で受け答えする姿を披露。記事では「最も珍しい場所。互いに裸でインタビューが行われた」と驚いた様子で伝えている。

     インタビューでは、2010年南アフリカ・ワールドカップに参加する前にイニエスタがうつ病に陥り、周囲のサポートを受けて回復したことを明かしている。

     またブラジルメディア「UOLエスポルチ」は「アンドレス・イニエスタが日本の温泉風呂でスペインのジャーナリストと会話」と伝え、お風呂に浸かっている風景に触れている。「異例のインタビューで、二人は裸で温浴中だった」と記した。

     イニエスタは以前にもうつ病について語っており、その内容はすでに知られているものだったが、海外メディアは“日本らしさ”が垣間見えるインタビュー場所に興味を惹かれたようだ

    11/14(水) 19:03配信 フットボールゾーン
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181114-00147776-soccermzw-socc


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    (出典 www.football-zone.net)



     11月10日に行われた明治安田生命J1リーグ第32節、ガンバ大阪湘南ベルマーレの一戦で、遠藤保仁がJ1通算600試合出場を達成した。これはJ1最多出場記録を保持する楢崎正剛名古屋グランパス)に次ぐ数字で、フィールドプレーヤーでは史上初となる。試合前のセレモニーでは4人の子供たちから花束を渡され笑顔も見せたが、ピッチに立てば相変わらず冷静沈着にゲームコントロール。攻守に安定感のあるパフォーマンスを披露し、チームの勝利に貢献を見せた。

    シーズンの残り試合での目標は勝ち続けることにあったし、今日に関して言えば“残留”を自分たちで決められる試合でもあったので、連勝を伸ばせて非常に嬉しい。個人的にも600試合目を勝利で飾れて良かった」

     1998年、遠藤は横浜フリューゲルスの一員として最初の一歩を踏み出した。しかも、同年のリーグ開幕戦だ。鹿児島実業高校の卒業式から1カ月も経たない3月21日、そうそうたる顔ぶれが揃うフリューゲルスの一員として先発出場を飾った遠藤は、52,083人が詰めかけた満員の横浜国際競技場で延長戦を含めた120分間をフルで戦い抜き、堂々たるデビューを飾った。

    「当時はまだ10代で上の人たちが随分大きく見えたし、最初は大人の人と一緒にサッカーをしている感覚がすごくあった。ただその人たちをリスペクトしながらも、『負けない』、『ポジションを取ってやる』ということは、いつも考えていた気がします。当然ながら18歳の自分と日本代表クラスの選手との差は明らかだったけど、『なんとか差を埋めてやる』と思っていたし、常に『試合に出るためにはどうしたらいいか』ということだけを考えていました。差はあるとは思っていたけど、埋められないレベルの差ではないと思っていたというのも正直なところ。実際に試合を重ねるうちに慣れていくところもたくさんあり、そうすればできるプレーも増えていくと実感していただけに尚更です。と同時に、だからこそ、とにかく常に試合に出ること。そのために自分が何をすればいいのかばかりを考えていました」

     これはプロ20年目の節目を迎えた昨季に実施したインタビューで彼が発した言葉だが、考えてみれば遠藤が戦ってきた600試合をはじめとするすべての公式戦は『常に試合に出ること』を意識することによって積み重ねられてきた。プロ1年目に所属チームが消滅するという衝撃に見舞われ、1999年京都パープルサンガへ移籍をした際も、2001年ガンバ大阪に移籍をした際も。日本代表として絶対的な存在となり、前人未到の歴代最多出場記録を打ち立てても、目の前の試合に先発出場することへの欲が彼を突き動かしてきた。

     理由は一つ。彼の言葉にもある「試合出ることでしか積めない成長がある」と考えていたから。選手というのはどれだけポテンシャルが高くても、心身両面で最も強度の高い公式戦を戦わなければ、右肩上がりに成長し続けることはできない。プロ1年目から公式戦に出場した経験、そして試合に出続けてこそ成長につながるという確信があったからこそ、常に公式戦に出る必要性を求め、そのための努力を積み重ねてきた。しかもそれを21年間、毎日だ。にも関わらず、湘南戦を終えて報道陣に囲まれた遠藤は、さらりと今後の目標を口にした。

    「長い間、コンスタントに戦ってこなければ達成できない数字だと考えれば素直に嬉しいですが、まだまだ上の方(楢崎)がおられるので。そこを追い抜くことも楽しみにしつつ、もっともっと中身のある試合をして数字を増やしていきたいし、あらゆる努力をしてチームに貢献できる選手であり続けたい」

     プロ21年目、600試合出場という数字を打ち立てても、プロになってから日本代表戦などを合わせれば1000試合近い公式戦を戦ってきても、変わらない温度で“努力”を自身に求め、さらなる成長を望む。遠藤の凄さは、そこにある。

    文=高村美砂

    フィールドプレーヤー史上初のJ1通算600試合出場を達成した [写真]=J.LEAGUE


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 sportiva.shueisha.co.jp)



    1 Egg ★ :2018/11/13(火) 22:35:23.05 ID:CAP_USER9.net

    ヴィッセル神戸の元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタが妻のアンナ・オルティスさんとの馴れ初めについて語っている。スペイン『マルカ』が伝えた。

     下部組織を含めてバルセロナに22年間在籍し、今夏から神戸に加入したイニエスタ。妻アンナさんとの出会いは11年前に遡るという。その時の様子をスペインのテレビ局『クアトロ』の番組『プラネタ・カジェハ』で明かしている。

    「たまたま友達といる時に、レストランでウェイトレスとして働いている彼女に出会ったんだ」

    「すぐ恋に落ちたよ。一目惚れだった。だけど彼女はそっけなくて、最初は全然うまくいかなかったんだ」

    「口説き落とすのには本当に大変だった。いくつかのトリックも使わざるを得なかったくらいだよ」

     サッカーでは思い通りにボールを扱い、ピッチに魔法をかけるイニエスタだが、妻との恋の始まりはそう簡単ではなかったようだ。

    11/13(火) 21:28配信 ゲキサカ
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181113-05185317-gekisaka-socc

    写真

    (出典 amd.c.yimg.jp)



    (出典 amd.c.yimg.jp)


    つづく


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