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サッカーの事についてまとめています。 日本サッカー(J1・J2 etc) 海外サッカー(プレミア・リーガ・セリエA・ブンデス etc) 掲載しています。 良かったら覗いてください。

    カテゴリ: 日本リーグ



    (出典 www.theworldmagazine.jp)



    1 Egg ★ :2018/11/15(木) 19:43:36.21 ID:CAP_USER9.net

    トルコ1部ベシクタシュは、バルセロナでプレー経験のある元ブラジル代表DFアドリアーノ(34)のJ1ヴィッセル神戸移籍を承諾したと、15日付のトルコ紙ハベル電子版が報じた。

    16年夏にベシクタシュに加入したアドリアーノの契約は今季終了まで。同クラブは移籍金を得られる最後のタイミングで神戸との正式契約が成立したと報じた。移籍金は100万ユーロ(約1億3000万円)だという。

    11/15(木) 19:32配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181115-00393125-nksports-socc


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    (出典 www.football-zone.net)



    1 Egg ★ :2018/11/14(水) 19:32:00.26 ID:CAP_USER9.net

    写真
    https://pbs.twimg.com/media/Dr2TtZjWwAEhjR7?format=jpg&name=small

    今夏にスペインの名門バルセロナからJ1ヴィッセル神戸に移籍した元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタのプレーは、日本だけでなく、海外からも大きな注目を集めている。そんななか、イニエスタが母国スペインの放送局「クアトロ」の番組「Calleja」に出演。インタビューに応じたが、その突飛な方法が海外から脚光を浴びている。

    「イニエスタが浴槽で革新的な裸インタビュー」と報じたのは、ブラジルメディア「Torcedores」だ。「とりわけバルセロナにおいて強い印象を残したスペイン人MFが意外な形でメディアに登場した」と続けている。スペイン放送局「クアトロ」の番組「Calleja」のインタビューに応じたイニエスタは、ジャーナリストとともに温泉風呂に入ってリラックスした様子で受け答えする姿を披露。記事では「最も珍しい場所。互いに裸でインタビューが行われた」と驚いた様子で伝えている。

     インタビューでは、2010年南アフリカ・ワールドカップに参加する前にイニエスタがうつ病に陥り、周囲のサポートを受けて回復したことを明かしている。

     またブラジルメディア「UOLエスポルチ」は「アンドレス・イニエスタが日本の温泉風呂でスペインのジャーナリストと会話」と伝え、お風呂に浸かっている風景に触れている。「異例のインタビューで、二人は裸で温浴中だった」と記した。

     イニエスタは以前にもうつ病について語っており、その内容はすでに知られているものだったが、海外メディアは“日本らしさ”が垣間見えるインタビュー場所に興味を惹かれたようだ

    11/14(水) 19:03配信 フットボールゾーン
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181114-00147776-soccermzw-socc


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    横浜FM時代の川口に憧れて低いパントキックボールに飛び込むスタイルに挑戦

     森保一監督が率いる日本代表は大分合宿3日目の14日、冒頭15分のみの公開でトレーニングを行った。同日、元日本代表GK川口能活が現役引退会見を行ったなか、GK権田修一は「憧れの選手」への思いを明かした。

     権田は小学校時代、川崎市内のサッカークラブに所属していた。そのため、神奈川県の横浜を拠点とする横浜F・マリノスは身近で、よく試合を見に行っていたという。そして、当時横浜FMの正守護神だった川口に目を奪われた。

    「能活さんは僕が小学校4年生の時にマリノスカップという大会でプレゼンターをしてくれて、『川口選手だ』と憧れました。能活さんに憧れて、低いパントキックを蹴る、ボールに対して飛び込む選手(GK)は多かったと思います」

     現役生活25年で、ワールドカップ(W杯)出場4回、Aマッチ出場数は歴代3位タイの116。闘志を前面に出す“炎のGK”の引退に権田は何を思うのか。

    「能活さんは何回か対戦させてもらいました。今、日本人のGKでW杯に出たのは3人(川口、楢﨑正剛、川島永嗣)。そのうちの一人で、なおかつ海外移籍も経験して、J1、J2、J3、アンダー、五輪と大学サッカー以外、日本サッカーのあらゆるところを経験している。日本人のGKが世界的に見てまだまだストロングじゃないなかで、高さがあるわけではないのに世界と戦えた人なので、日本人らしさだったり、日本人でも世界に通用すると伝えていってくれるはず。能活さんがどういう選手を育てるのか楽しみだし、興味があります」

     権田は9月のパナマ戦(3-0)で3年7カ月ぶりの代表戦出場を果たした。GK東口順昭(ガンバ大阪)との競争は熾烈だが、ベネズエラ代表(16日)、キルギス代表(20日)と対戦する11月シリーズピッチに立ち、憧れの川口に胸を張れるパフォーマンスを見せたいところだ。


    Football ZONE web編集部・小田智史 / Tomofumi Oda

    権田(左)が引退する川口(右)への思いを明かした【写真:Getty Images】


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 i.daily.jp)



     今季で現役引退するサッカー元日本代表GKでJ3相模原川口能活が14日、相模原市役所で引退記者会見を開いた。25年間のプロ生活などサッカー人生を振り返り「今は感謝しかない」と涙声で語った。今後は指導者の道を目指す。今季終了までプレーし、12月2日ホームでの鹿児島戦後に引退セレモニーが行われる。

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    引退記者会見で笑顔を見せる元サッカー日本代表GKの川口=相模原市役所で2018年11月14日午後3時10分、大島祥平撮影


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 www.football-zone.net)



     11月10日に行われた明治安田生命J1リーグ第32節、ガンバ大阪湘南ベルマーレの一戦で、遠藤保仁がJ1通算600試合出場を達成した。これはJ1最多出場記録を保持する楢崎正剛名古屋グランパス)に次ぐ数字で、フィールドプレーヤーでは史上初となる。試合前のセレモニーでは4人の子供たちから花束を渡され笑顔も見せたが、ピッチに立てば相変わらず冷静沈着にゲームコントロール。攻守に安定感のあるパフォーマンスを披露し、チームの勝利に貢献を見せた。

    シーズンの残り試合での目標は勝ち続けることにあったし、今日に関して言えば“残留”を自分たちで決められる試合でもあったので、連勝を伸ばせて非常に嬉しい。個人的にも600試合目を勝利で飾れて良かった」

     1998年、遠藤は横浜フリューゲルスの一員として最初の一歩を踏み出した。しかも、同年のリーグ開幕戦だ。鹿児島実業高校の卒業式から1カ月も経たない3月21日、そうそうたる顔ぶれが揃うフリューゲルスの一員として先発出場を飾った遠藤は、52,083人が詰めかけた満員の横浜国際競技場で延長戦を含めた120分間をフルで戦い抜き、堂々たるデビューを飾った。

    「当時はまだ10代で上の人たちが随分大きく見えたし、最初は大人の人と一緒にサッカーをしている感覚がすごくあった。ただその人たちをリスペクトしながらも、『負けない』、『ポジションを取ってやる』ということは、いつも考えていた気がします。当然ながら18歳の自分と日本代表クラスの選手との差は明らかだったけど、『なんとか差を埋めてやる』と思っていたし、常に『試合に出るためにはどうしたらいいか』ということだけを考えていました。差はあるとは思っていたけど、埋められないレベルの差ではないと思っていたというのも正直なところ。実際に試合を重ねるうちに慣れていくところもたくさんあり、そうすればできるプレーも増えていくと実感していただけに尚更です。と同時に、だからこそ、とにかく常に試合に出ること。そのために自分が何をすればいいのかばかりを考えていました」

     これはプロ20年目の節目を迎えた昨季に実施したインタビューで彼が発した言葉だが、考えてみれば遠藤が戦ってきた600試合をはじめとするすべての公式戦は『常に試合に出ること』を意識することによって積み重ねられてきた。プロ1年目に所属チームが消滅するという衝撃に見舞われ、1999年京都パープルサンガへ移籍をした際も、2001年ガンバ大阪に移籍をした際も。日本代表として絶対的な存在となり、前人未到の歴代最多出場記録を打ち立てても、目の前の試合に先発出場することへの欲が彼を突き動かしてきた。

     理由は一つ。彼の言葉にもある「試合出ることでしか積めない成長がある」と考えていたから。選手というのはどれだけポテンシャルが高くても、心身両面で最も強度の高い公式戦を戦わなければ、右肩上がりに成長し続けることはできない。プロ1年目から公式戦に出場した経験、そして試合に出続けてこそ成長につながるという確信があったからこそ、常に公式戦に出る必要性を求め、そのための努力を積み重ねてきた。しかもそれを21年間、毎日だ。にも関わらず、湘南戦を終えて報道陣に囲まれた遠藤は、さらりと今後の目標を口にした。

    「長い間、コンスタントに戦ってこなければ達成できない数字だと考えれば素直に嬉しいですが、まだまだ上の方(楢崎)がおられるので。そこを追い抜くことも楽しみにしつつ、もっともっと中身のある試合をして数字を増やしていきたいし、あらゆる努力をしてチームに貢献できる選手であり続けたい」

     プロ21年目、600試合出場という数字を打ち立てても、プロになってから日本代表戦などを合わせれば1000試合近い公式戦を戦ってきても、変わらない温度で“努力”を自身に求め、さらなる成長を望む。遠藤の凄さは、そこにある。

    文=高村美砂

    フィールドプレーヤー史上初のJ1通算600試合出場を達成した [写真]=J.LEAGUE


    (出典 news.nicovideo.jp)

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