バルセロナでは、リオネル・メッシ、ルイス・スアレスとともにMSNとして大暴れしていたが、2017年にPSGへの電撃移籍を決断した。
かつての盟友であるスアレスは『Placar』でネイマールについて語っている。
「(MSNはなぜうまくいったのか)
いろいろな要因があると思う。
まず、バルセロナから興味を持たれたとき、ネイマールやメッシがいるのに、自分はどこでプレーするんだろう、と思うものさ。でも、チームは9番を必要としていた。
自分はネイマールとPKキッカーを争うために来たわけではないし、メッシとフリーキッカーを争うためでもなかった。
リヴァプールでは、スティーヴン・ジェラードがPKを蹴っていた。自分はその年のゴールデンブーツを受賞したが、PKを蹴ったのはジェラードだった。
僕はみんなをリスペクトしていたし、みんなも僕が勝利に貢献するためにやってきたことを分かっていた。
(バルサで)初めてプレーしたとき、自分は9番でトップスコアラーなのに、ボックス内に入るとネイマール、メッシ、チャビ、あるいは誰を探しているとウルグアイで批判されたのを覚えている。
『ルイス、君はいつもゴールを決めていたじゃないか、いつも蹴っていたじゃないか』と言われたけれど、他の場面ではネイマールやメッシが僕を見てボールを渡してくれた。
嫉妬は全くなかった、3人ともね。ピッチ外では一緒にマテ茶を飲むとき、ネイマールは飲まなかったけれど、3人で色んな話をしたよ。
離れているときは、違う生活をしていた?そうだね。でも、一緒にいるときは、ネイマールが誕生日に招待してくれたり、僕らの家に来てくれたりした。
彼は僕らの生活がどんなものかを知っていた。ただ、僕らは彼の生活を知らなかったので、彼が何か悪いことをしているのを見たら、彼にそれを伝えていた。ネイマールは若いけれど、経験豊富な人の話を聞くのが好きだったよ。
2016年に自分がクリスティアーノ・ロナウドとゴールデンシューを争っていた時、彼らは僕が勝ちとるのを助けてくれた。
PKを蹴らせてくれたり、パスをくれたりしたので、より多くのゴールを決めることができたんだ。ずっと感謝しているよ。
僕らにとって、メッシは世界最高であり、ネイマールは2番目に最高の選手だった。
でも、彼らが僕がゴールデンブーツを受賞することを助けてくれた。いつも感謝している。
3人のスターが個人ではなく、チームのために勝つことを目的に同じチームでプレーできるとより証明されたのさ。そして、それが僕らをより良くし、良いチームメイトにしてくれたのだと思う」
「 (ネイマールは物議を醸す人物であり、バロンドールでも低順位に終わるのはなぜか)
怪我の運が悪いと思う。彼は責任を取ることも好むが、ミスもする。
しかし、どんなに責任を取りたいと思うほどチームが勝つあることもある。
チームがまったく助けてくれない場合はどうなる?ネイマールは攻撃できる、ゴールもアシストもできる、でも守れない。
そして、ゴールを外すこともあるし、サッカーでは多くのことが起きる。彼には怪我の運がなかったと思う。いつも阻害されてきたからね。
彼は長していく過程で怪我をした。そして、代表チームでは、自分が望むもの、期待されるものを勝ち取ることができなかった。
サッカー選手は常に批判されることを覚悟していなければならない。自分はいつも言っている。人から批判されればされるほど、自分は良くなると。
自分はそのほうが好きだが、そうでない選手もいる。批判に影響される選手もいるし、褒められると弱体化する選手もいる。サッカー選手は、それなりの覚悟が必要なんだ。
(ネイマールは世界一になれたか)
自分はそう思う。
(もし、彼がバルセロナに残っていたら?)
ネイマールがバルセロナに残っていれば、間違いなくバロンドールを獲得していただろう。私の考えは、もし彼が残っていたら受賞していただろう、そうだ」
(出典 news.nicovideo.jp)
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