(出典 www.soccer-king.jp)



 ウィズコロナのなかで行なわれている2020年シーズンJリーグで、前人未到の記録が誕生したことを、皆さんはご存じでしょうか。

 9月23日のJ1リーグで、横浜FCに所属する三浦知良選手、カズさんが、53歳6カ月でのリーグ戦出場を果たしたのです。Jリーグの最年長出場記録を更新するとともに、国内トップリーグプレーした記録として世界最年長とも言われています。

30年前のサンパウロで声をかけてもらった

 私とカズさんの出会いは、1990年までさかのぼります。本田技研工業サッカー部に所属していた私は、チームメイトブラジルサッカー留学しました。そこで、ブラジルでプロ選手になったカズさんに出会ったのです。カズさんはサッカーの神様ペレが在籍した名門サントスで、ウイングとして大活躍していました。

 試合の翌日にサンパウロ日本人街で会うと、「頑張れよ」と声をかけてもらいました。その後、私は日本へ戻り、カズさんは数カ月後にブラジルから帰国し、読売クラブの一員となります。

 私が91年に日本サッカーリーグで得点王になり、同年に初めて日本代表に選出されました。カズさんとは日本代表ヴェルディでともにプレーし、公私を問わず様々な場面で30年以上ともに過ごしてきました。

 私は34歳で現役を引退しました。ですから、53歳まで現役を続けているカズさんの苦労を、実体験として知ることができません。

シーズン開幕前の自主トレは5時半から

 手掛かりになるものがあるとすれば、シーズン開幕前の自主トレです。15年前からの恒例で、私もほぼ毎年参加しています。

 これが本当に練習漬けなのです。朝5時半、9時半、午後3時からの3部練習で、練習量は毎年増えていきます。そうしないと、身体が作れないのです。

 だからといって、短時間に負荷をかけすぎると故障につながるので、以前なら10分でやっていたメニューを15分で、2回で終わらせていたメニューを3回に分けるといったように、時間をかけて消化するようにしています。そのぶんだけ合宿期間が長くなるので、当初は1月の1回だけでしたが、ここ数年は年末の12月から自主トレに入るようになりました。カズさんの場合は、シーズンオフはほとんどないと言ってもいいぐらいです。

Jリーグ開幕からプレーしている“唯一の選手”

 1993年Jリーグ開幕からいまなおプレーしているのは、カズさんひとりしかいません。参考にできるモデルがないので、練習前後の身体のケアやオフの日の過ごしかた、ケガをした際のリハビリなど、すべてを自分で考えなければならない。

 判断に迷う場面では、周囲の意見を積極的に集めます。チームスタッフや専属のトレーナーはもちろん、現役を退いて久しい私にも聞く。別角度からの意見を参考にしているのでしょうが、あきれるぐらいに研究熱心なのです。

 Jリーグの最年長出場記録を更新した数日後にも、カズさんから連絡がありました。通っている美容院が同じで、時間が合いそうなので「会おうか」ということになったのですが、カズさんは私に「この前の試合のプレーはどうだった?」と聞きたかったのでしょう。残念ながらタイミングがズレて会えなかったのですが、「うまくなりたい」という意欲は若いころから1ミリも変わっていないなあ、と感じました。

 プレーについても同様です。横浜FCには10代後半から20代前半の選手、つまりカズさんの子供と同世代の選手もいますが、彼らにも「あのプレーはどうだった?」、「あれはどういう判断だったの?」と質問をしている。「自分はこれだけの実績を残してきたんだ」というような上から目線にならないのです。

ワールドカップへの思いは?

 カズさんが53歳となった現在まで現役を続けているのは、ワールドカップに出場していないことが関係しているのでは、と考える人がいるかもしれません。ご存じの方も多いでしょうが、カズさんと私は1998年フランスワールドカップの大会直前に、日本代表メンバーから落選しました。

 サッカー王国ブラジルバリバリのプロとして活躍していたにも関わらず、カズさんはJリーグ開幕を控えた日本に帰国しました。理由はただひとつ、「日本をワールドカップに出場させるため」でした。

 20年に35年目を迎えたプロ生活で、カズさんはあらゆるタイトルを獲得してきました。国際的なタイトルも数多く受賞しています。そんなカズさんに唯一欠けているものが、ワールドカップ出場なのかもしれません。

 ワールドカップに出場できていないから現役を続けているのか、カズさんに聞いたことはありません。聞きたくないのではなく、聞く必要がないな、というのが私の率直な思いです。

 カズさんは本当にサッカーが好きなのです。サッカーがうまくなるなら何だって犠牲にできるし、どんなに苛酷な練習にも耐えられるのです。

 笑い話のようなエピソードを、ひとつ紹介しましょう。

「カズちゃんがプールで溺れているわよ」

 以前のカズさんは泳げませんでした。もうずいぶん前のある日、都内のスポーツジムへ一緒に行くと、女優の吉永小百合さんが「カズちゃんがプールで溺れているわよ。キーちゃん、助けにいったほうがいいんじゃない」と言うんです。もちろん本当に溺れているわけではなくて、カズさんの泳ぎがそんなふうに見える、ということだったのでしょう。

 それが、いまではスイスイと泳いでいます。疲労回復やリハビリ、あるいは自主トレのメニューなどでプールを使うことがあるから、泳げるほうがいい。サッカーがうまくなるために役立つから、カズさんは泳ぎを練習したのです。

 9月23日の試合以降、カズさんのJ1リーグ出場はありません(10月24日現在)。しかし、今シーズンJリーグ新型コロナウイルスによる中断があった影響で、試合間隔が必ずしも一定ではありません。短い間隔で試合が組まれていることがあり、シーズン終盤へ差し掛かっていくこれからは、蓄積疲労からケガ人の出るリスクが高まります。どのチーム総力戦の色合いが強くなっていくため、カズさんが再び出場機会を得ることは十分に考えられます。

何歳まで現役を続けるのか?

 何歳まで現役を続けるのかは、カズさんにしか分からないでしょう(笑)。55歳までとか、60歳までとかいう区切りを目安にするというよりは、身体が続く限り、チームから必要とされる限りはスパイクを脱がないでしょうね。

 現所属の横浜FCには、これまでのプレーしたどのクラブよりも長く、15年も在籍している。「ファミリーのような雰囲気を感じている」と、本人も愛着を持っているようです。

 私自身は、カズさんにJリーグの要職に就いてもらいたい。けれど、何事も中途半端が嫌いなので、現役を続けながら他の仕事をするとは考えられない。

 だとすれば、いまはとにかくピッチ駆けるカズさんを見たい。今度はもっと長くプレーしてもらいたいし、早く次の試合をみせてもらいたい、と感じています。

 こうなったらもう、年金をもらいながらやるのもいいんじゃないかな、と思いますよ(笑)

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文藝春秋11月号および「文藝春秋digital」掲載の「三浦知良は永遠のサッカー少年である」では、北澤氏しか知らないカズ選手とのエピソードが明かされている。Jリーグ開幕当初の豪快なエピソードや、現役日本代表選手と開催される「カズ会」の真相、さらには「カズはなぜ大一番で結果を残してきたのか」などが、30年来の盟友の視点から浮き彫りになる。

(北澤 豪/文藝春秋 2020年11月号)

2017年のJ2開幕戦「横浜FC×松本山雅」試合前の練習風景 ©文藝春秋


(出典 news.nicovideo.jp)