【サッカー英雄列伝】ディエゴ・マラドーナ(元アルゼンチン代表)――「史上最高」の称号を得た伝説の“問題児”
サッカー界においてプレーでは「歴代最高」の評価すらあるスーパースターであり、ピッチ内外で「歴代最低」とすら言われるお騒がせの問題児でもある男――。そんな極端な二面性の持ち主こそ、アルゼンチン代表の“10番”として母国を1986年メキシコ・ワールドカップ(W杯)優勝に導いたディエゴ・マラドーナだ。
1978年の地元開催W杯には、18歳にして最終候補まで残りながら落選したが、翌年には日本で開催されたワールドユース(現・U-20W杯)で優勝とMVPを獲得して、文句なしのスターダムにのし上がる。
その若者は82年のスペイン大会でW杯初出場を果たした。しかし、2次リーグのブラジル戦ではイライラを募らせて相手選手バチスタの腹部を痛烈に蹴り上げて当然の一発退場。このあたりから、世界的にもただ才能に恵まれた若きスターというだけでは済まされないキャリアを歩み始める。
このW杯の後に、スペインの名門バルセロナに加入したマラドーナだが、後に「コカインを最初に使ったのはバルセロナにいた時」と告白したように、素晴らしいプレーとは裏腹に薬物疑惑が付きまとう存在になっていく。
2シーズンを終えてイタリア南部のナポリへとキャリアの場を移すと、セリエA優勝に導くなど伝説的なプレーを披露する。今でもマラドーナのユニフォームを、本人の髪の毛とともに額縁に入れて飾るバーもあるほどだ。一方で、この治安が悪くマフィアのはびこる街で、マラドーナの薬物依存は深刻なものになった。
それでも86年メキシコW杯では、3度にも及ぶドーピング検査で陰性。すべてをマラドーナに委ねるカルロス・ビラルド監督の方針で作り上げられたチームは、絵に描いたようなワンマンチームとして勝ち上がった。そして、準々決勝で対戦したのはマルビナス諸島(フォークランド諸島)を巡って紛争も起こした因縁の相手イングランド。その試合でマラドーナは、二つの伝説を作る。
ペナルティーエリア内に走り込んだマラドーナのところへクロスボールが飛んだが、それは少し高すぎた。相手GKも出てくるなかで、マラドーナはスッと手を出してボールをゴール内へ“叩き込んだ”のだ。主審が見逃したこの一撃は、ゴールと認められた。のちにマラドーナは、アルゼンチンサッカー協会のインタビューで真相をこう語った。
「クロスボールが高すぎたことで、『これは届かない。もっと落ちてきてくれ』と願った。その時、アイデアが浮かんだんだ。『手と頭を使おう』ということだね。倒れ込んだ時、ボールがどこにいったかは分からなかった。ただ、それをネットの中に見つけた時、『ゴール! ゴールだ!』と叫んだよ。そうしたらセルヒオ・バティスタが、手で押し込んだのか聞いてきたから、『黙ってろ、そしてハグをしろ』と伝えたんだ。そして、みんなが抱きつき始めたよ」
今でも「神の手」として歴史に残るゴールの4分後、今度はハーフウェーライン付近から一気にドリブルで敵陣を切り裂いたマラドーナは、GKまで全員をかわしてゴール。これもまた「伝説の5人抜き」として、サッカー史に残る。このイングランド戦は、マラドーナのキャリアにおける二面性を如実に表していると言えるだろう。
引退後も自由奔放な発言でサッカー界に話題を提供
その後、決勝で西ドイツ(当時)を破って優勝を果たしたマラドーナは、世界最高の選手という称号を手に入れる。しかし、次の90年W杯ではメディアに向かってエアガンを発砲するという衝撃の事態を巻き起こすと、ブラジル戦では試合後にマラドーナが渡した飲み物に「睡眠薬が入っていた」と告発を受けた。しかも、のちにバラエティー番組でこれを認めてしまう。
2大会連続で決勝まで進んだものの、西ドイツにリベンジを果たされて準優勝で終わる。しかし、その後のマラドーナはイタリアで薬物使用により1年間を超える出場停止処分を受け、続く94年W杯では大会中にエフェドリンを含む5種類の禁止薬物に陽性反応を示して大会から追放された。そのショックもあったのか、優勝候補と言われたアルゼンチンはベスト16で伏兵ルーマニアに敗れて、あっさりと姿を消した。
現役引退後に指導者になったマラドーナは、2010年の南アフリカW杯に母国代表の監督として出場する。韓国戦を前に「テコン・サッカー」と相手を挑発すれば、ブラジル代表FWルイス・ファビアーノが手でコントロールした後にゴールしたものが見逃されたプレーを、「あれは神の手などではなく、彼の手だ」と言い放つなど、多くの話題を呼んだ。しかし、現役時代の自分を重ね合わせるようにリオネル・メッシに自由を与えたチームは、準々決勝でドイツに敗れた。そして大会後に解任されている。
その後は中東などで指揮を執りながら、何度となく自由奔放な発言でサッカー界に波風を立てながら話題を提供している。そのコメントは自己中心的な理論に加えて、子供じみた言い訳を辞さない。そのうえ、ブラジルを代表するレジェンドであるペレとは犬猿の仲で、必ず意見を対立させる。
しかしながら、そうした所作、振る舞いのすべてが「問題児」という言葉で済まされてしまうような愛すべきレジェンドは、間違いなくサッカーの歴史上で唯一無二の存在として君臨している。(Football ZONE web編集部)
(出典 news.nicovideo.jp)
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