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【歴代名手の“私的”技術論|No.5】香川真司日本代表MF): ボール扱いは非常に巧みで俊敏、柔よく剛を制すアタッカー

 香川真司日本人が好む、日本人らしい選手ではないだろうか。

 身長は平均ぐらいで、特別な身体能力に恵まれているわけではない。しかしボール扱いは非常に巧みで俊敏、柔よく剛を制すイメージ1980年代あたりからの“10番信仰”とも関係がありそうだ。

 80年代は世界的に2トップが広まっていった。同時に、2人のFWより少し引いたところに位置するトップ下が注目された。ディエゴ・マラドーナミシェル・プラティニジーコはいずれもこのポジションで活躍した大スターで、背番号は10番だった。FWにラストパスを供給し、自らもゴールを狙う。技術と創造性を発揮する10番は子供たちの憧れだった。日本では漫画の『キャプテン翼』の影響もあっただろう。

 10番はもともと左側のインサイドフォワードの番号だ。FWは5人編成で、右から7~11番のポジション番号が割り振られていた。10番を有名にしたのは、1958年スウェーデンワールドカップ(W杯)で活躍したペレである。

 この時のブラジルポジション番号ではなく、自分たちで決めた番号ですらなかったのだが、なぜかペレは本来のポジションどおりの10番だった。登録リスト背番号が未記入だったので、組織委員が適当につけた番号だったそうだ。17歳のペレがレギュラーになったのは大会途中なので、普通に番号をつけていたら10番ではなかったはずだ。

 このスウェーデン大会のブラジルは、従来のWMシステムから4-2-4を生み出し、右のインナー(8番)は少し引いてプレーメーカーとなり、10番は前線近くに残った。やがて「ペレ=10番=トップ下」ということで定着したわけだ。

日本代表の”10番”とW杯の皮肉な関係

 ところが、1990年代に入って守備戦術が変化し、スペースと時間が制限されるようになって10番は居場所がなくなっていった。

 98年に日本がワールドカップに初出場した時の“10番”(トップ下)は中田英寿だ。スペースへ持ち出す力強いドリブル、サイドへ展開するパス、一発で急所を突くラストパスやミドルシュートで攻撃を牽引していた。ただし4年後の2002年大会では、すでに中田が長いドリブルをするスペースはなく、スペースと時間を制限されたなかで苦闘を強いられている。

 06年ドイツ大会の10番は中村俊輔プレーメーカー寄りだが、技巧的で10番らしかった。だが、中村がトップ下だったのは初戦のオーストラリア戦だけで、残りの2試合はフラット型4-4-2のサイドハーフとして小笠原満男、中田英寿と役割を分担している。 10年はシステムが4-5-1で、トップ下というポジションはない。

 ここまでの日本代表は、“10番”が攻撃のタクトを振るった1998年2006年のW杯がグループリーグ敗退。10番がいても目立たないか存在しなかった02年と10年がベスト16。皆が大好きな技巧と創造力の10番を生かした攻撃的な編成の時は惨敗し、あまり見栄えはしないが守備を重視した時に好成績という皮肉な結果になっている。

日本スタイルの象徴、18年W杯ベルギー戦で出色のパフォーマンス

 2014年ブラジル大会へ臨む日本代表は、その過程で史上最も強力で攻撃的なチームだった。香川と本田圭佑ダブルトップ下”という、これでもかという布陣である。

 4-2-3-1のトップ下は本田だったが、香川も左サイドからハーフスペースへ移動してトップ下として機能していた。しかし、本大会でやはり日本のダブル“10番”はあまり機能せずに、グループリーグ敗退となっている。

 18年、バヒド・ハリルホジッチ監督が更迭されなければ、おそらく香川も本田も先発では起用されなかったと思う。ハリルホジッチ監督が想定していたのは縦に速い攻め込みとハイプレスという現在のリバプール方式で、ポゼッションしてバイタルエリアを10番に使わせるという作り込みをしていなかった。ところが、大会目前の時期に西野朗監督に交代となり、西野監督は本番直前の親善試合に勝ったメンバーでW杯初戦のコロンビア戦に臨む。10番は香川だった。

 コロンビア戦は開始早々にPKを得て、香川が決めた。この後の日本は、香川を攻撃の軸とする「日本らしい」プレースタイルベスト16へ進出。ベルギー戦は逆転負けだったが、この試合の香川は出色のプレーぶりで攻撃をリードしていた。日本の10番が、W杯で最も輝いた試合であり、初めて日本が日本らしいプレーベスト8目前まで迫った。

 何が「日本らしさ」かは議論が分かれるかもしれないが、ほぼぶっつけで臨んだ大会で見せた「素の力」が日本らしくないはずもなく、日本サッカー協会も「ジャパンズ・ウェイだった」と称賛している。プレースタイルの合理性と嗜好性が、初めて一致したW杯だった。

 香川は狭いスペースプレーできる。ボールを体の下だけではなく、前でも自在に止められる。それだけ一瞬速くプレーができる。さらにステップワークが俊敏で、ターンが速く、左右どちらの足も利く。普通の選手ならプレーできないスペースと時間で、本能的にアイデアを発揮して実現させる能力は稀有だ。

 日本代表が日本らしいだけでは、メキシコと同様にW杯ベスト8の壁は厚いと思う。従来の日本らしさを超える必要がある。ただ、合理性と嗜好性を両立させた国民的なチームを成立させるには「香川」がマストだということが、ロシア大会で分かったのではないか。(西部謙司 / Kenji Nishibe)

2018年W杯出場時の香川真司【写真:Getty Images】


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