(出典 news.biglobe.ne.jp)



サッカーキング No.010(2020年2月号)掲載]

レスターは今、ある“首謀者”によって再び大きな夢を抱いている。2019年2月に国境を南下してきたブレンダン・ロジャースは、味気なかったチームを立て直し、勝者のメンタリティを植えつけた。彼らは後世まで語り継がれる記録的な大勝を成し遂げてもなお、満足していない。

文=ジョー・ブリューウィン Text by Joe Brewin
翻訳=田島 大 Translation by Dai Tajima
写真ニックイーグル、ゲッティ イメージズ Photo by Nick Eagle, Getty Images

 私は、レスターキングパワー・スタジアムを訪れていた。不機嫌な暗い空と渦巻く霧は、ピッチサイドでの撮影に向いていない。それでも、取材相手は気にしていないようだ。ブレンダン・ロジャースは場を和ませるためか、いきなり軽いジャブを打ってきた。斜め上を見据える難しいポーズカメラマンから要求されると、「オーケー。険しい表情のアイルランド人らしくね」と笑みをこぼす。それがブレンダン・ロジャースという男だ。「次は男前に撮ってくれ」。どうやら、エンジンがかかってきたらしい。

 それにしても底冷えする寒さだ。撮影を終えたあと、監督が温かい控え室へと案内してくれて胸をなで下ろす。だが、一息つく暇はない。就任からわずか9カ月でクラブを急変させた監督に聞きたいことは山ほどある。15-16シーズンに奇跡のプレミアリーグ制覇で世界を震撼させてから4年、再びレスタートップ4争いに身を置いている。それどころか、10月にはサウサンプトンを9-0と粉砕し、プレミアリーグの歴代最多得点差勝利の記録にも並んでみせた。

 インタビューの前、ロジャースは新たに控え室に施されたデザインの説明を始めた。天井には円形のライトが設置され、「VS」の文字を囲むように「敬意」、「勇気」、「責任」の言葉が刻まれている。「VS」とは、今は亡きオーナーのヴィチャイ・スリヴァッダナプラバの頭文字で、選手たちが望んだデザインだという。ロジャースは、床に映し出された文字を指差して話す。「ここでは、何もかも“敬意”から始まる。そのあと、残りの2つの言葉へとつながるんだ」

 確かに、今のレスターは3つの言葉を体現している。2018年2月、ロジャースはセルティックで3年連続3冠という偉業を目前にしてグラスゴーに別れを告げ、会長の悲劇とクロード・ピュエル体制の失速にあえぐクラブの誘いに応じた。彼にとって、それは一種の賭けでもあった。

「ピュエル監督の素晴らしい仕事を引き継ぎたかった」とロジャースは語り出す。「優秀な若手の台頭をはじめ、彼は様々なことに着手した。私が来た頃、レスターオーナーの他界に対するショックを乗り越えられていなかったけど、クラブの期待や野心は感じ取れた。それから、新しい監督のやり方を必死に学ぼうとする選手がそろっていることも分かった。私の目標は、再びレスターを欧州の舞台へ導くこと。プレミアリーグの特性を考えると、難しいのは覚悟のうえだ。でも、何とかなるはず」

 今シーズンレスターは、主力に23歳以下の選手が6人も名を連ねる若さで、美しさと安定性を保ちながら好成績を残している。思い返してみると、ピュエル前体制のフットボールは味気なかった。それでも、クラブの教科書を書き換えてくれたのは事実だ。カウンターアタック主体からの脱却を図り、クラブアカデミーから複数の新顔をトップチームへと引き上げた。

ロジャースの就任により明確になったプレースタイル

 ピュエルの補強は当たり外れが大きかったが、当たりは“本当の”当たりだった。現在の主軸であるリカルド・ペレイラ、ジョニーエヴァンス、チャグラル・ソユンク、ジェイムズ・マディソンの獲得に加え、ベン・チルウェル、ハムザ・チョードゥリー、ハーヴェイバーンズを下部組織から引き上げた。

 モナコからローン契約でMFユーリ・ティーレマンスを獲得したのも彼だった。しかしピュエルは、ティーレマンスを2試合で起用したところで、首脳陣からクビを宣告された。その結果、白羽の矢が立った北アイルランド出身の指揮官は歴史的快挙を目指すスコットランドの名門をシーズン途中で投げ出すことになり、ファンから批判を浴びた。しかし、後悔はないという。

「難しい決断になるのは分かっていた。セルティックでは夢のような時間を過ごしていたわけだからね。2位以下に8ポイント差をつけていたから再び優勝を経験できただろう。だからこそ、シーズン終盤は誰かに任せられると思ったし、レスター行きはチャンスだった。確かに、タイミングは理想的ではなかったかもしれない。でも、監督はいつだって固い決意が必要だ。重圧はあったけど、2月に就任したことで夏に強化すべきポジションが明確になった」

 ここまでの成績を振り返ると、46歳の指揮官の選択は正しかったようだ。レスターは、ロジャース体制になった昨シーズンの残り10試合で大幅に成長した。ヨーロッパリーグの出場権を得たウォルヴァーハンプトンには届かなかったが、前体制での12位から9位まで浮上してシーズンを終えた。

 今シーズンの目標は、トップ6の牙城を崩すことだ。常連のアーセナルマンチェスター・ユナイテッドが揺らぐほか、補強禁止処分を受けたチェルシーは、新体制で抜本的な世代交代を強いられた。レスターだって、決して順風満帆ではなかった。8000万ポンド(約112億円)という巨額の移籍金とはいえ、DFハリー・マグワイアをユナイテッドに引き抜かれ、戦力ダウンは確実に思われた。しかし、レスターは第17節終了時点でリーグ最少失点を誇っている。マグワイアの後釜を補強したわけではない。穴を埋めているのは23歳のソユンクだ。

「我々が着手したのは、自分たちのプレースタイルを明確にすることだった。我々はアグレッシブチームを目指している。ボールを持っていないときでも相手を圧倒したい。抜けた選手の代わりにほかの選手がピッチに立っても、全員がシステマティックに何をするか理解すべきだ。マグワイアは素晴らしい選手だったけど、彼の代役は探さなかった。ソユンクはファンからヒーローと言われているよ。私が就任した当初、彼はセンターバックの4番手で、ベンチにさえ座っていなかった。だから、今の姿は努力のたまものだ。我々は彼の才能を信じていたから、チャンスが回ってきたときに彼がそれをつかめるようにサポートした」

 好調ぶりは試合結果だけでなく、内容にも表れている。レスターのプレスは相手チームを脅かし、ニューカッスル戦では5-0、冒頭のサウサンプトン戦では9-0と圧勝し、本拠地で2-0の勝利を収めたアーセナル戦でも試合を支配した。

 サウサンプトン戦の記録的な勝利は、まさにロジャースが掲げる信念―激しく進み、上を目指す―を象徴する内容だった。一人少なくなった相手を5-0とリードして迎えたハーフタイムロジャースは選手たちに時間を与え、5分間で互いにどんな指示をするか見守った。彼らが出した答えは、「容赦しない」だった。

「強い雨と風が吹き荒れるひどいコンディションのなか、ハイレベルパフォーマンスを発揮してくれたことが誇らしかった」と指揮官は思い返す。「何より、選手のハングリー精神を称えるべきだ。私はハーフタイムに、『まだ仕事は終わっていない』と伝えた。相手への敬意を欠いたわけではなく、一流のチームなら、ああいうときは0-0の気持ちで戦うものなんだ。興味深いのは、58分に7点目を挙げてから85分まで得点がなかったことだ。約30分の間、ゴールを奪えなかった。つまり、まだまだ成長の余地はある……」

 半分は冗談だが、半分は本気だ。本人が認めるとおり、彼の姿は4年前と同じではない。リヴァプールを悲願のプレミア制覇に導きかけ、その1年半後に志半ばでアンフィールドを追い出された、あのときとは全く違う。

◆「もっと貪欲に結果を残したいという意識が役に立っている」

 ロジャースは、ケガのため20歳で選手としてのキャリアを断念して以降、一段ずつ階段を上ってきた。百貨店アルバイトをしながら指導者ライセンスを取得し、古巣であるレディングやチェルシーで若手を指導。2008年に初めて監督に就任したワトフォードや、再び戻ったレディング、スウォンジーでは浮き沈みを経験した。その後、2012年の夏にリヴァプールの監督に大抜擢され……そこで物語は終わりかけた。

 貴重な経験を積めたとはいえ、手厳しい洗礼だった。再びあのレベルに戻るには、気が遠くなるくらい長い道のりが待っているように思えた。それでも、ロジャースは歩みを止めなかった。セルティックで転機を迎え、5-0のリードでも満足せず、記録的な大勝を目指す指揮官へと変貌を遂げた。

「私がリヴァプールの監督に就任したのは39歳のときだ。本当に大きなチャレンジだった。前シーズンが8位だったから、コストを削減しながらチャンピオンズリーグの出場権を得ることが目標だった。リヴァプールでの経験は、私にとって旅の過程だ。職を失えば誰だって不服に思う。だが私は、素晴らしい時間だったと純粋に思えた。『失敗こそ成功だ』ってね。だから前を向くだけだった。経験値という面で、以前とはかなり違う。私はセルティックで勝者になった。監督としての姿勢を学び、成功への意欲がかき立てられた。子供の頃からセルティックのファンだったから、毎試合のように勝利が要求されるのは分かっていた。だからプレッシャーに打ち勝って最初のトロフィーを手にしたとき、もっと貪欲に結果を残したいという気持ちになった。その意識がレスターでも役に立っている」

 当時のリヴァプールは、バルセロナに引き抜かれたルイス・スアレスの穴を埋め切れなかった。13-14シーズンタイトルを取りこぼしたあと、スアレスの後釜としてマリオ・バロテッリや若き日のディヴォック・オリジを獲得したものの、献身的に走り回るウルグアイ人を欠いたチームは前線からのプレスが機能しなくなった。しかし、今のレスターには“スアレス2号”がいる。

 ジェイミー・ヴァーディは、ピュエル前監督にとって不都合な存在だった。前線で孤立する彼の足元にはボールが入らず、スタメンから外されることさえあった。だが、今は違う。ヴァーディは11月ブライトン戦でゴールを決め、ロジャース政権23試合で21得点を記録したことになった。

 ロジャースはこう説明する。「決して偶然ではない。それが我々のスタイルなんだ。彼の能力を最大限に引き出したい」。32歳のストライカーには、中央に留まったまま省エネでのプレスを指示した。「ヴァーディはボールの有無に関係なく、アグレッシブな選手だ。私は以前から、彼が知性のある一流のストライカーだと感じていた。ヴァーディがめったにオフサイドにかからないのは、タイミングが完璧だからだ。常に脳を動かし、スペースを探している。彼がチームにいてくれて本当に良かったよ。我々は、彼がスペース作りや連係プレーに専念できるよう手助けしているし、今後もゴールを量産してくれるはずだ」

ロジャースを構成する要素はいたってシンプルなもの

 クラブ関係者に話を聞くと、ロジャースは細部にこだわる男だが、素直で人間味があり、選手だけでなくスタッフとも絆を深めているという(「ピュエルのあとだからか、新鮮に感じる」と漏らす関係者さえいる)。チェルシー時代に学んだ神経言語プログラミングを生かした一対一の対話は、彼の指導において欠かせない。

「環境がすべてだと思う。だから選手やスタッフが『ここで仕事したい』と思えるような、エネルギーが湧いてくる環境を作りたい。正しい環境を築くことができれば、99.9パーセントの確率で人は成長する。選手のキャリアには落とし穴が多い。だから私は8、9歳の少年を指導している頃から、常に選手としてのキャリアだけでなく、プライベートにまで目を配るよう努めてきた」

 だがときに、つらい事実を告げる必要もある。ロジャースがデマレイ・グレイにそうしたように。23歳のウインガーは、開幕2試合でメンバー外となり、そのあとのシェフィールド・ユナイテッド戦とニューカッスル戦ではベンチを温めた。

「重要なのは敬意だ。選手に対して誠実に、オープンであるべきだと思う。伝え方が大事なんだ。もちろん、選手をサポートし続けるよ。そうでないと彼らのキャリアが無駄になるからね。グレイ17歳になって以降、おそらくメンバーから外れたことがなかったはずだ。才能だけでここまできたんだろう。だが、彼はもっと成長できる。ヒザを突き合わせて正直に話したら受け入れてくれたよ。あれ以降、彼の練習態度は見違えるほど変わった。選手に共感し、寄り添うことはとても重要だ。だからこそコミュニケーションは欠かせない」

 過程、姿勢、構想、そして成長。ロジャースは何事に対しても同じ価値観を持っている。しかし彼の信念は、もっとシンプルな要素で構成されている。両親から受け継いだハードワークと、誠実な人間性だ。2010年ロジャースはレディングの監督を解任された2カ月後に慈善事業のスタッフだった母クリスティーナを失い、その18カ月後に内装業者だった父マラキーを咽喉がんで亡くした。人生で最もつらい時期だったという。

「もし一つだけ願いがかなうなら、1日だけでいいから両親を生き返らせたい。父は必死に働き、母は私たちの面倒を見てくれた。決して裕福な暮らしではなかったけど、すべてを尽くしてくれた。あまりこういう話をしたことはないんだけど……父はとても親切で、5人の子供を養うために文句一つ言わずにまじめに働いた。私は、そういう姿勢を父から学び、糧にした。父は、私がウェンブリーでスウォンジープレミアリーグへ導くところを見てくれたけど、その数カ月後、アーセナルと対戦する朝にこの世を去った。その瞬間から、私は両親の生き方を引き継ぎ、彼らのために戦うことを決めた」

 その誓いを胸に、ロジャースはさらに上を目指す。あと20年はこの仕事を続けたいと口にする彼は、監督業に就く前からスペイン語の勉強を始め、チェルシーに行ってからもほぼ毎日スペイン語圏の選手と会話したという。

「講師はフリオ・デルガドだった。テニスで英国2位となり、今はアンディ・マレーコーチをしているジェイミー・デルガドの父親だ。それ以外にも1、2カ国語に挑戦したけど、まだ会話レベルには達していないかな。レスターもいつかは私にうんざりするときが来るだろうから(笑)、そのときは海外での仕事に挑戦したい」

 だが今は、キングパワー・スタジアムに再びCLのアンセムを鳴り響かせることだけに専念している。もしかしたら、すでに彼の頭の中には音楽が流れ始めているのかもしれない。

「CLはすべての監督が目指す舞台だ。この場所で、ピッチの中央で揺れ動く大きな旗を見ることができたら最高だね。だが、やるべきことはまだまだある。あまり先のことを意識するのはよそう」

 たとえ9-0で勝利しても──。

※この記事はサッカーキング No.010(2020年2月号)に掲載された記事を再編集したものです。



(出典 news.nicovideo.jp)