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サッカーの事についてまとめています。 日本サッカー(J1・J2 etc) 海外サッカー(プレミア・リーガ・セリエA・ブンデス etc) 掲載しています。 良かったら覗いてください。

    2022年03月

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     オランダ代表として96キャップ37ゴールを記録し、レアル・マドリードバイエルンミュンヘンなど欧州の強豪クラブで長年にわたって活躍。輝かしい経歴を誇る元オランダ代表FWのアリエン・ロッベン2014年ブラジルW杯で披露したDFを置き去りにする超快足がネット上で話題を呼び「原付くらい」「速すぎ」など驚きの声が寄せられている。

    【映像】相手DFを置き去りにしたロッベンの快足

     問題のシーンブラジルW杯、優勝候補同士の一戦となったオランダスペインの試合で起こった。

     後半、オランダが自陣深い位置から素早いカウンターを仕掛ける。前線にフィードされたグラウンダーのパスに抜け出したロッベン。2人の相手DFのマークを物ともせず、トップスピード一気に置き去りにすると、ペナルティーエリア内でキーパーまでかわして左足を一閃。スタジアムを興奮させた。

     このプレイFIFAの発表によるとディフェンダーを置き去りにしたロッベンのスプリントは時速37キロに達し、これを100メートル走に換算すると“10秒28”のタイムになるということだが、そんなロッベンの驚異のスピードに対して、ネットからは「原付くらい」「速すぎ」など驚きの声が多数寄せられていた。(ABEMAFIFAワールドカップ歴代ベストゴールSP』)

    100メートル走換算で“10秒28” ロッベンがブラジルW杯で披露した超快足に「原付くらい」「速すぎ」ファン驚き


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    レアル・マドリーは29日、ベルギー代表FWエデン・アザールの手術が無事成功したことを報告した。

    今回の手術は、ウニベルシタリオ・サニタス・ラ・サルスエラ病院でホセ・パラシオス医師の下で行われ、右腓骨の骨接合プレートを除去するものだった。

    現在アザールはすでに退院し、自宅に戻っており、今後復帰に向けたリハビリに励む予定だ。

    なお、スペインCope』が報じるところによれば、離脱期間は4~6週間となり、今シーズン最終盤での復帰は可能だという。

    マドリー加入以降、度重なる負傷とパフォーマンス低下によって厳しい立場に立たされるアザールは、今シーズンここまでの公式戦出場が22試合、プレータイムは877分に留まっている。

    サムネイル画像


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    24日の敵地・オーストラリア(豪州)戦で2022年カタールW杯出場権を獲得し、安堵感に包まれた日本代表。昨年9月の初戦・オマーン戦(吹田)で不覚を取り、3戦目のサウジアラビア戦(ジェッダ)も落として2敗目を喫した時点では7大会連続出場が絶望的と見られただけに、日本はそこからの怒涛の6連勝で地力を示す形になった。

    「初戦で負けた後、麻也(吉田=サンプドリア)と関係者に『辞める覚悟がある』と言いました。本当に自分でいいんだろうかという思いがあった。もしダメならば、早く代えてもらった方が日本サッカーのためになるし、判断の遅れで取り返しのつかないことにならないようにしたいと考えたんです」

    25日の早朝、現地取材者だけを集めて行った囲み取材で、森保一監督は複雑な胸中を吐露したが、悲壮な覚悟が選手たちを突き動かしたのだろう。10月の豪州戦(埼玉)で[4−2−3−1]から[4−3−3]へ布陣変更したのも奏功し、遠藤航シュツットガルト)、守田英正(サンタクララ)、田中碧デュッセルドルフ)で構成する中盤が安定。右サイド伊東純也(ヘンク)の推進力も一気に高まり、攻撃に迫力が出てきたのだ。

    豪州戦では最終予選初出場の田中碧が代表初ゴールを挙げ、指揮官の秘蔵っ子・浅野拓磨(ボーフム)が決勝点をお膳立て。辛くも宿敵を下したことで勢いに乗った。続く11月ベトナムハノイ)、オマーンマスカット)2連戦も、ともに1−0という薄氷の勝利だったが、絶好調の伊東が連発。後者では三笘薫ロイヤルユニオン・サン=ジロワーズ)のような秘密兵器も現れ、「イケる」という手ごたえを感じさせた。

    W杯イヤー最初の中国、サウジアラビア(埼玉)2連戦は吉田に冨安健洋アーセナル)、三笘、古橋亨梧(セルティック)といった面々をケガで欠く中、谷口彰悟(川崎フロンターレ)や板倉滉(シャルケ)らチャンスをもらった選手たちが確実に仕事をこなし、穴を作らない。攻撃陣も伊東がリードする中、大迫勇也ヴィッセル神戸)や南野拓実リバプール)といった森保体制発足時からの中核選手たちがゴールを決めたのも大きかった。最終予選突入後、途中交代が続き、厳しい批判にさらされた長友佑都FC東京)もベテランパワーを見せつけ、チームを活性化。豪州が取りこぼしたのも幸いし、W杯切符獲得に王手をかけたのだ。

    迎えた冒頭の豪州戦。日本は時に不用意なミスから鋭いカウンターを繰り出され、ヒヤリとさせられる時間帯もあったが、基本的には主導権を握り、優位にゲームを運んだ。が、負傷欠場した大迫不在の影響もあり、前線でタメが作れず、浅野の背後への抜け出しに依存。どうしても単調な印象が拭えなかった。

    その停滞感を打破したのが、終盤に登場した三笘。ラスト1分というところで、山根視来(川崎フロンターレ)と守田という元川崎F同僚コンビの崩しからのマイナスクロスを確実に決めきり、さらには自身の絶対的武器であるドリブル突破からダメ押し点をゲット。「あの時間帯に薫が入って1対1を仕掛けたら、全部抜ける」と伊東が太鼓判を押すほどの迫力を示したのは大きな収穫となった。

    そういった新戦力が続々と出現し、W杯本番でメンバーを柔軟に入れ替えながら戦えるようになれば、悲願の8強も夢ではなくなる…。そんな期待を持って29日の最終予選・ベトナム戦(埼玉)を迎えたが、控え組中心の前半はギクシャク感ばかりが目につき、チームとして思うように機能しなかった。森保監督は矢も楯もたまらず後半頭から伊東を入れて[4−2−3−1]へスイッチ。さらに信頼を寄せる守田、田中、南野の3枚も投入。ガムシャラに勝ちに行ったが、田中の決勝点がVAR判定で覆される不運も重なって、格下相手にまさかのドロー。最終的には7勝1分2敗の勝ち点22でB組2位でフィニッシュすることになってしまった。

    チーム全体として誰が出ても相手にスキを突かれないように、我々がやろうとすることをスムーズに発揮できるように、選手層の幅を広げていかなければいけないと思いました」と森保監督も神妙な面持ちで語っていたが、現在の日本代表は主力組と控え組の実力差が大きくある集団と言わざるを得ない。

    とりわけ中盤はその傾向が強い。遠藤、守田、田中は誰がどのポジションに入ってもプレーできる柔軟性と臨機応変さがあるが、それ以外の人材が入った時はスムーズさに欠ける嫌いがある。3人が揃って入れ替わったベトナム戦は論外。特にアンカー・遠藤の代役をしっかり固めておく必要がある。守田か田中はその位置をこなせる能力を備えている。彼らを中盤の底に据え、その前に原口元気(ウニオン・ベルリン)と旗手怜央セルティック)を配置するなどバリエーションを広げておかないと、アクシデントが起きた時に対応できない。森保監督が真っ先に取り組むべきテーマと言っていい。

    大迫不在のFWも今回の豪州戦では浅野、ベトナム戦では上田綺世(鹿島アントラーズ)が先発したが、前線で収める仕事がない分、南野らが前に行きづらくなっているように見受けられた。大迫も間もなく32歳で、ケガが増えているだけに、いつまでも彼に依存しているわけにはいかない。準備期間は短いが違った戦い方を確立させる努力が必要だろう。

    もう1つ注文をつけると、東京五輪世代の台頭が物足りない。久保は代表デビューから約3年が経過するのに依然として無得点のままだし、堂安律PSV)も今シリーズでは落選を余儀なくされた。上田や林大地(シント=トロイデン)も大迫を凌駕するレベルには至っていない。東京五輪世代で確固たる地位を築いたのは、冨安、板倉、田中碧、三笘くらい。他はまだ当落線上にいる。若手比率を高めていくことが、日本代表の躍進のカギになる。彼らにはより一層の自覚を持って自チームでのプレーに取り組んでほしい。

    4月1日には本大会抽選会があるが、第2ポットを逃した日本は厳しいグループに入ることが想定される。どんな逆境でも跳ね返すくらいの選手層とタフさをどう作り上げていくのか。全ては残り8カ月間に懸かっている。


    【文・元川悦子】


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    (出典 news.nicovideo.jp)

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    岡崎慎司が抱き続けた「もどかしさ」

     ワールドカップ出場を決めた日本代表は、11月に行われる本選に向けて新たなスタートを切ることになる。

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    「出場を決めたのはうれしいですけど、やっぱり、自分がいない日本代表を見るのは悔しい部分もある」

     そう語ったのは岡崎慎司だ。スペインリーグ2部のカルタヘナでプレーをする日本を代表するストライカーは、まだまだサッカー選手としての前進を願っている。

    「自分のプレー次第、今のままではもちろん周囲を納得させられない」と話すように、これからカタールへの道を歩むには、「自分にフォーカス」していくしかない。その躍進に期待したい。

     そんな岡崎は、海外でのプレーが12年目を迎え、ブンデスドイツ)、プレミアイギリス)、リーガスペイン)とさまざま国、リーグで「フットボール」を感じてきた。

     そこにあったのは「まだまだ日本は世界から認められていない」という思いだ。

     確かにヨーロッパプレーする選手は増えた。けれど、だからといって「日本」の価値がグッと上がったわけではない。

     岡崎は、そこにずっとある思いを抱き続けている。

    「僕は日本に誇りを持っています。海外にいると、日本って本当にすごいな、と思うことが多いんです。

     もっとできることがあるはずなのに、それを証明できないってもどかしいじゃないですか」

     岡崎はその「もどかしさ」を「自分にフォーカス」するとき以外、封印してきた。

     例えば、レスター時代にプレミアリーグ優勝を経験したとき。「ミラクル」と言われた偉業のなかで、レギュラーとしてチームになくてはならないピースとして存在した岡崎だったが、脚光を浴びたのはFWのヴァーディー(レスター)であり、マフレズ(現・マンチェスター・シティ)といった、「同じ」得点を取ることを役割とした選手たちだった。

     確かにチームの中では欠かせない役割を果たした。でも、「同じようにもっと得点を取りたい」。

     そのために、チームに、監督に、チームメイトに自分を認めさせる結果を出す――じゃあ、いま、自分は何をすべきか。

     抱いた「もどかしさ」を、自分自身にフォーカスして成長させる糧としてきたのだ(事実、優勝直後に出た本のタイトルは『未到』だった)。

    地元・兵庫に「フィールドとクラブハウス」を作った理由

     12年もの間、ヨーロッパプレーし続ける。そんな難題を実現させている要因のひとつに、岡崎がこの「もどかしさ」を、強いモチベーションに変えてこれたという事実がある。

     そしていま、この「もどかしさ」を、自分自身以外のもの――日本サッカー、日本スポーツ文化の発展の糧にもしたい、と思い始めた。

     もともと「現役選手は現役としてプレーに集中し、結果で証明するべきだ」という思いが強かった岡崎は、例えば、情報を発信したり、アスリートでありながらビジネスをすることに、前向きではなかった。

    「決して、そういう人たちを否定するつもりはなくて。そういうことができる人はすごいな、と思っていました。ただ、僕はそういうタイプではなかった。やるなら、その分、結果も出さなければいけないし。

     でも、ちょっと違う考えもできて。

     長く海外にいると、スペインサッカーって育成にしても文化としても素晴らしいものがあるな、みたいないい部分も見えてくるんですね。

     日本からも多くの選手がやってきて、プレーをして、それを持ち帰ったりしているし、情報もたくさん取れる時代ですから、日本にいてもその素晴らしさを知ることができる。

     じゃあ、みんなが素晴らしいと思っているのに、なぜ変わらないのか。極端な言い方ですけど、海外の真似をすれば一気に変わるかもしれない。

     でも、実際は変わらないじゃないですか。それってなんでなんだろう?って考え始めて……」

     育成や、サッカーを取り巻く環境、文化としてのスポーツ……いろいろなことを調べ、人に聞き、語り合った。

     アクションも起こした。地元である兵庫県には、サッカーフィールドクラブハウスを建設(2022年に完成予定)。

    サッカーができる場所を作るわけではなくて、場所を通じて地域の人がちょっと遊びに来たり、おじいちゃんおばあちゃんが休憩できたりする場所を作って、そこでサッカーができる、というイメージ

     温暖化対策として表面温度を下げる芝を使い、災害が起きた際には生活用水として使える仕組みも採用するなど、環境と地域に溶け込むことを目指した。

     そこには、海外で見てきたサッカーと地域の関係が原点にある。

    なぜ、「日本では難しい」となるのか

    フィールドは僕が海外で感じてきたことの形のひとつです。

     だけど、もっとちゃんと知らなきゃいけないと思った。聞いてきたこと、調べたものがどのくらい正しいのか。なぜ、いいとみんな口をそろえるのに『日本では難しい』となるのか。

     そこで思ったのは、僕が知りたいことをコンテンツとして共有できれば、僕一人で考えるより、早く前進できるかもしれない、ということでした。そういうコンテンツであるなら、現役のうちに発信できる価値もあるのかな、と」

     そうして岡崎は「Dialogue w/ (ダイアローグウィズ)~世界への挑戦状」というコンテンツ企画を始めることにした。

     まず、トップアスリートや、スポーツの現場で働く人たち、世界の育成を知る指導者……多くの人と、語り合い、理想と現実の間にある「ギャップ」をはっきりさせる。

     その上で、話してきた人たちと、一緒に「アクション」を起こしていく。

     それが、日本のサッカー、日本のスポーツを世界に誇れるものにするための一助になれば――。コンテツの副題にある「世界への挑戦状」はその思いの表れだ。

    「まだまだ、わからないことも多いです。でも、日本のスポーツ文化が世界に誇れるものだ、という目標ははっきりしています。

     だからいろんな人と話をして、現実とのギャップをしっかり知りたい。その上で、話してきた人たちと一緒に、目標を達成するためのアクションをしていきたい、と思っています」

    岡崎慎司・無料live配信~3月30日(水)21時~】
    詳細:https://www.synchronous.jp/articles/-/443

    岡崎慎司1986年4月16日生まれ。兵庫県出身。スペイン2部FC Cartagena(カルタヘナ)所属。プレミアリーグ通算114試合・14得点。ブンデスリーガ通算128試合・37得点。J1通算121試合・42得点。日本代表でも通算119試合・50得点を記録。

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    写真:Daisuke Akita


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    セルティックの元イングランド代表GKジョー・ハートが、前所属のトッテナムで受けた扱いを明かした。イギリスデイリーレコード』が伝えている。

    マンチェスター・シティの守護神として長く活躍したハートは、その後トリノ、ウェストハム、バーンリーを経て2020年夏にトッテナムへ加入。絶対的守護神であるGKウーゴ・ロリスバックアッパーとして公式戦10試合に出場したが、昨夏チームに就任したヌーノ・エスピリト・サント監督(昨年11月に解任)からは構想外の扱いを受け、日本代表FW古橋亨梧らの所属するセルティックに移籍した。

    セルティックではアンジェ・ポステコグルー監督の信頼を得てここまで公式戦46試合に出場しているハートは、昨夏トッテナムで受けた扱いについて告白。実際にヌーノ監督との間で交わされた会話を明かしつつ、引退も考えていたと語った。

    トッテナムでは大きな変化が起こっており、多くの人の出入りが必要だった。そして(ヌーノ・エスピリト・サントが)僕を呼んだんだ。彼らが別のGKと契約していることは知っていたから、僕は『会話する必要がありますか?』と聞いたよ。それでも彼はトレーニングの後に話をしようと言ってきた」

    「彼は最初にこう言った。『はっきり言うが、何があっても君が今季ボールを蹴ることはない』とね。僕はクラブでうまくやっていると思っていて、皆が僕のもたらそうとしていることを受け入れてくれていた。でも僕は『そうですか、わかりました』と答えたよ」

    「彼は『スポーツディレクターと協力して、自由に移籍してくれ。プレーしたいようにプレーすればいい』と言ってきた。僕は興味本位で、『あなただってかつてはGKだったのに、なぜこんなことになるのか。なぜ、チームで完全な余剰人員となり、守護神のバックアップさえ許されないのか、自由に発言してくれ』と頼んだんだ」

    「彼は『私の考えでは、誰もがキャリアの中で体がサッカーをすることを許さない時期が来る。今がその時だ。君が私のため1分でもプレーするのは不安だ。君にとってボールは速すぎるだろう。歳を取りすぎていて、体は動かず力もない』と考えを述べてきた」

    「彼は文字通り僕を葬ったが、その時僕は笑っていた。僕が勘違いしているかはともかく、そのいずれにも同意しない気持ちがあったからだ。僕は意見を求め、それを与えられた。でも聞きたかったことではなく、この状況から身を引く必要があったよ」

    「僕は家に帰り、完全に困惑した。もう終わりだと思ったんだ。もうこれ以上クラブにいて、あんなことを言われるのはごめんだった」

    「僕は『もう、プロである必要はない。それでも僕は強く健康で、サッカーが好きだ』と思っていたよ。だから家では自分にGKをやってほしいという人のため、年間30試合のチャリティーゲームをやって何かを還元したいと言っていた」

    「もうチームの守護神を追いかけることはできない。サッカーは好きだけど、もうそれ以上ではないんだ。翌日、クラブで(ヌーノに)最初に言ったのは、『あなたが監督なのだから、決断すると良い』だった」

    「もう終わったことで、問題はないよ。僕は毎日一生懸命トレーニングして、何らかの解決策を見出したい。そして彼は別の問題に対処していただけだ。彼は管理者として薪を割る必要があり、僕はその木材の一部だった。彼は自分の決断を支持したし、それは良いことだ。彼がボスなのだから、僕は抜ける」

    「その後、アンジェ(・ポステコグルー)と連絡を取った。そして、セルティックがとにかく電話をかけてきたことも知っていたよ。トッテナムは、君が彼らと話すのは構わないと言ってくれた。僕はこの街が大好きだし、今ここで本当に幸せだ」

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