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    2018年05月


    サッカー:長谷部、独から帰国「良いシーズンだった」 | ニコニコニュース



    (出典 www.football-zone.net)



     サッカー日本代表の長谷部誠が22日、羽田空港に帰国した。今季はドイツ・カップで、日本がW杯ロシア大会で対戦するポーランド代表のレバンドフスキやコロンビア代表のロドリゲスが所属するバイエルン・ミュンヘンを降して優勝。「ドイツに行って1、2位を争うくらい良いシーズンだった」と充実の表情を見せた。

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     5月18日に、FIFAワールドカップ(W杯)2018・ロシア大会を戦うサッカー日本代表選手27人が発表され、インターネット上には「ベテラン選手ばっかりでめっちゃ嬉しい!」と評する声や、「年長さんのロシア遠足かな?」と酷評する声など、賛否両論が巻き起こっている。

     西野朗監督が初めて選んだメンバーは、4月に代表監督を電撃解任されたヴァヒド・ハリルホジッチ前監督とは対照的な選考になった。印象的だったのは、本田圭佑、香川真司、岡崎慎司という4年前のW杯・ブラジル大会で日本代表を牽引した選手たちが名前を連ねたことだ。

     日本代表の“ビッグ3”の復帰に対して、サッカーファンからは「香川、本田、岡崎が代表に選ばれて嬉しい! やっぱスターがいないとね」「今回の日本代表は好きな選手が多くて歓喜!」「日本代表のビッグ3が復帰して嬉しい。代表を引っぱっていってほしい!」「選考に関していろいろ言われているが、好みは別として実績やポテンシャルを考えたら選ばれても違和感はない」といった声がある。

     一方で、ポルトガルリーグで10ゴール・12アシストをあげた注目の23歳・中島翔哉が代表から落選し、選考を疑問視する向きもある。ほかにも、ベルギーリーグで7ゴール・2アシストをあげた24歳の久保裕也、同じくベルギーリーグで10ゴール・14アシストを記録した27歳の森岡亮太、オランダリーグで9ゴール・4アシストを決めている19歳・堂安律も代表に呼ばれることはなかった。

     本田らの復帰に歓喜の声が上がったものの、ネット上には「4年前のメンバー表かと思った」「『つまらないメンバー』という一言しか出てこない」「今、調子の良い中島を外して、コンディションも試合勘も微妙な選手ばかり呼ぶのはどうなの?」「次のW杯を見据えて若手に経験を積ませたほうがいいと思うが、スポンサーが許さないのかな」「蓋を開けてみたら“消極的選択”だった。誰も責任を負わないだろうし、ハリルを解任した価値や意味を見いだせないメンバー選考」「今の状況を思えば、むしろハリルはよくやっていたと思う」「忖度ジャパンだ」といった不満も多く上がっている。

     今回の選考に納得できなかったファンは、日本サッカー協会(JFA)に直接文句を言いたかったのか、JFAの公式ツイッターに怒りのリプライを送信している。「日本サッカーを4年前に逆戻りさせた責任は重い」「W杯でグループリーグ敗退したらハリルのせいにして、もしも良い成績を残せたら自分たちの手柄ですか? こんなサッカー協会は必要ない」「腑に落ちない選考だから、結果出して私たちを黙らせて」といった声が飛び交うなど、炎上中だ。

     これからの日本代表の予定は、5月30日にキリンチャレンジカップでガーナ、国際親善試合として6月8日にスイス、6月12日にパラグアイと対戦。その後、W杯本選で6月19日にコロンビアとの初戦を迎える。コロンビアは4年前のW杯でも戦い、1-4で惨敗している相手。選手選考に不満の声もあるが、まずはキリンチャレンジカップで勝利を飾れるかに関心が集まっている。
    (文=編集部)

    西野朗監督(YUTAKA/アフロスポーツ)


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    サッカー日本代表の長谷部誠が22日、帰国した。「監督が代わった状況の中、経験がある自分たちが責任を持って引っ張っていきたい」と自身3大会連続となるワールドカップ(W杯)への決意を語った=羽田空港 【時事通信社】



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     5月19日、トルコ1部のスュペル・リグが最終節を迎え、長友佑都が所属するガラタサライが勝利を飾り、2015年以来となるリーグ制覇を成し遂げた。今年1月に加入した長友にとっては、自身初となる念願のリーグ・タイトル獲得となった。

     奥寺康彦以降、30年以上遠ざかっていた海外での日本人選手のリーグ優勝は、ゼロ年代以降の日本人選手たちの相次ぐヨーロッパへの進出に伴って増加し、近年ではほぼ毎シーズン終盤、どこかの国で日本人がシャーレやトロフィーを掲げている。

     リーグの規模やレベルもまちまちで、MVP級の活躍を見せて優勝に貢献した例もあれば、出場機会に恵まれなかった例まである、だが、彼ら一人ひとりがクラブの栄光の一端となったことは、同じ日本人として誇らしい気持ちにさせてくれる。そんな歴戦の勇士たちの足跡を今一度振り返ってみよう。

    ■1977-78 ケルン(ドイツ/ブンデスリーガ優勝)
    ▶奥寺康彦(MF・当時26歳) 20試合出場・4ゴール
    日本代表の合宿中にスカウトされて渡独。主に左ウィングバックで起用され、リーグ戦終盤の3試合で4ゴールを決めるなど、加入1年目でリーグ制覇に達成した。以降、9年間にわたりドイツで活躍し、3度の準優勝を経験。日本人のプロサッカー選手の先駆者となった。

    ■1998-99 ディナモ・ザグレブ(クロアチア/プルヴァHNL優勝)
    ▶三浦知良(FW・当時32歳) 12試合出場・0ゴール
    ヴェルディ川崎を解雇されたカズは、自身三度目となる海外リーグに挑戦する道を選んだ。デビュー戦でPKを外すなどゴールを挙げることはできなかったが、当時FWだったミハエル・ミキッチ(現・湘南ベルマーレ)らとのポジション争いに勝ち、確かな足跡を残した。

    ■2000-01 ローマ(イタリア/セリエA優勝)
    ▶中田英寿(MF・当時24歳) 15試合出場・2ゴール
    フランチェスコ・トッティとのポジション争いに苦しめられたが、第29節ユヴェントスとの直接対決でトッティに代わり途中出場。18年ぶりのスクデット獲得の大きな追い風となった強烈ミドルは今も伝説として語り継がれている。

    ■2001-02 アーセナル(イングランド/プレミアリーグ優勝)
    ▶稲本潤一(MF・当時22歳) 0試合出場・0ゴール
    アーセン・ヴェンゲル監督に能力を見込まれてレンタルで加入したが、パトリック・ヴィエラら実力者を前に出場機会は訪れず。日韓ワールドカップではその鬱憤を晴らすかのような活躍を見せ、翌シーズンのフラムへの移籍後はプレミアリーグでも存在感を放った。

    ■2005-06 レッドスター・ベオグラード(セルビア・モンテネグロ/プルヴァ・リーガ優勝)
    ▶鈴木隆行(FW・当時30歳) 6試合出場・0ゴール(途中加入)
    ブラジル、ベルギーに次ぐ3度目の国外挑戦となった新天地では、カップ戦で2ゴールを挙げるなど序盤のアピールに成功したものの、徐々に構想外となり、リーグ戦では出場機会に恵まれなかった。2年間の契約を打ち切り、翌2007年に横浜F・マリノスへ移籍した。

    ◆■スコットランドでリーグ優勝とシーズンMVPを獲得した中村俊輔

    ■2005-06 セルティック(スコットランド/プレミアシップ優勝)
    ▶中村俊輔(MF・当時27歳) 29試合出場・3ゴール
    ■2006-07 セルティック(スコットランド・プレミアシップ優勝)
    ▶中村俊輔(MF・当時28歳) 33試合出場・8ゴール
    ■2007-08 セルティック(スコットランド・プレミアシップ優勝)
    ▶中村俊輔(MF・当時29歳) 26試合出場・6ゴール
    ▶水野晃樹(MF・当時22歳) 0試合出場・0ゴール(途中加入)
    セリエAでの3シーズンを不完全燃焼のまま終えた中村は、スコットランドで水を得た魚のように躍動し、リーグ3連覇に貢献した。加入2年目には海外リーグで日本人初となるシーズンMVPを獲得し、今もセルティックの伝説的英雄として語り継がれている。2008年1月に加入した水野は2試合にベンチ入りしたのみで出場機会は訪れなかった。

    ■2006-07 ザルツブルク(オーストリア/ブンデスリーガ優勝)
    ▶宮本恒靖(DF・当時30歳) 9試合出場・0ゴール
    ▶三都主アレサンドロ(MF・当時29歳) 9試合出場・0ゴール
    宮本はガンバ大阪から完全移籍で、三都主は浦和レッズからレンタル移籍で加入。ともに冬の移籍加入でありながら、名将ジョバンニ・トラパットーニ監督に重用され、トロフィーを掲げた。ただし、両者が同時にピッチに立つ機会はほとんど訪れなかった。

    ■2007-08 バーゼル(スイス/スーパーリーグ優勝)
    ▶中田浩二(DF・当時28歳) 18試合出場・1ゴール
    初の海外挑戦となったマルセイユで辛酸をなめた中田が新天地として選んだのは日本人にとって馴染みの薄いスイスだった。主にセンターバックとしてレギュラーに定着し、3シーズン目には念願のリーグ優勝を達成。翌シーズンに惜しまれつつ退団した。

    ■2008-09 ヴォルフスブルク(ドイツ/ブンデスリーガ優勝)
    ▶長谷部誠(MF・当時25歳) 25試合出場・0ゴール
    ▶大久保嘉人(FW・当時26歳) 9試合出場・0ゴール(途中加入)
    鬼軍曹フェリックス・マガトに率いられたヴォルフスブルクがクラブ史上初の主要タイトルを獲得。2年目の長谷部はそのチームの中核を担った。2009年1月に加入した大久保は二人で55ゴールを稼いだグラフィッチとエディン・ジェコを前に出場機会を得られなかったが、長谷部と共に奥寺康彦以来31年ぶりにブンデスリーガ優勝を達成した日本人となった。

    ■2010-11 ドルトムント(ドイツ/ブンデスリーガ優勝)
    ▶香川真司(MF・当時22歳) 18試合出場・8ゴール
    ■2011-12 ドルトムント(ドイツ/ブンデスリーガ優勝)
    ▶香川真司(MF・当時23歳) 31試合出場・13ゴール
    加入後して間もなくしてルール・ダービーで2ゴールを挙げるなど、センセーショナルな活躍を見せた香川は、名将ユルゲン・クロップの下で連覇を達成したドルトムントの中心人物の一人だった。2シーズン目もゴールやアシストを量産し、一気に世界的スターの仲間入りを果たした。

    ■2011 FKヴェンツピルス(ラトビア/ヴィルスリーガ優勝)
    ▶柴村直弥(DF・当時29歳)16試合出場・1ゴール
    ▶加藤康弘(MF・当時25歳)5試合出場・0ゴール(途中加入)
    柴村はカップ戦に続く2冠を達成したチームの主力としてプレーし、日本代表入りが囁かれるほどに活躍。シーズン途中に退団した佐藤穣と入れ違いで加入した加藤は、出場機会こそ多くはなかったが、柴村と共に日本人史上初となるヴィルスリーガ優勝経験者となった。

    ■2012 ノーメ・カリュ(エストニア/メスタリリーガ優勝)
    ▶和久井秀俊(MF・当時29歳) 35試合出場・10ゴール
    Jリーグでの出場経験なしに、スロベニアやチェコ、ベラルーシなどを転戦してきたさすらいのフットボーラーが、自身7つ目のヨーロッパのクラブで、クラブ史上初のリーグ・タイトルを獲得に貢献。2年連続でベストイレブン、ベストMFに選ばれた。

    ■2012-13 マンチェスター・ユナイテッド(イングランド/プレミアリーグ優勝)
    ▶香川真司(MF・当時24歳) 20試合出場・6ゴール
    ドルトムントに後ろ髪をひかれつつも、夢であったプレミアリーグ挑戦の道を選んだ香川は、アレックス・ファーガソン監督のラストシーズンの優勝に貢献した。途中、膝の負傷に悩まされたが、第28節ノリッジ戦でハットトリックを達成するなど随所で存在感を示した。

    ■2012-13 CSKAモスクワ(ロシア/プレミアリーグ優勝)
    ▶本田圭佑(MF・当時26歳) 25試合出場・8ゴール
    加入後3年目を迎えた本田は、途中、左足首の負傷で5試合の戦線離脱を余儀なくされたものの、クラブの6シーズンぶりとなるリーグ優勝に貢献した。このシーズン限りでの退団の道を模索していたがCSKA側が認めず、移籍は翌シーズンに持ち越された。

    ■2013 FKジャルギリス(リトアニア/Aリーガ優勝)
    ▶金井拓也(MF・当時21歳) 9試合出場・3ゴール
    テスト生として練習に参加したFKジャルギリスでプロ契約を勝ち取った異色の経歴の持ち主。2013年3月の第3節シャウレイ戦でプロデビューを飾り、シーズン後半はケガに苦しんだが、9試合で3ゴールを挙げる活躍で14年ぶりのリーグ制覇に貢献した。現在はドイツで育成年代のコーチとして活動している。

    ■2014-15 バーゼル(スイス/スーパーリーグ優勝)
    ▶柿谷曜一朗(FW・当時24歳) 14試合出場・3ゴール
    第4節FCチューリッヒ戦で初ゴールを挙げるなど、早くからアピールに成功したものの、ワントップの位置は主将のマルコ・シュトレラーや俊英ブレール・エンボロら多士済々で、サイドでの起用が主となり持ち味を発揮できず。スタメン出場は5試合に留まった。

    ■2014-15 FKルダル・プリェヴリャ(モンテネグロ/プルヴァ・リーガ優勝)
    ▶加藤恒平(MF・当時25歳) 31試合出場・7ゴール
    J2から海外へ羽ばたき、加入2シーズン目となった加藤は守備的MFの位置で不動のレギュラーの座を確保して、リーグ優勝に貢献。リーグのベストイレブンに選出された。その後はポーランド、ブルガリアのクラブで実績を作り、2017年には日本代表まで上り詰めた。

    ◆■南野拓実はザルツブルクでリーグ4連覇を達成

    ■2014-15ザルツブルク(オーストリア/ブンデスリーガ優勝)
    ▶南野拓実(FW・当時20歳) 14試合・3ゴール(途中加入)
    ■2015-16ザルツブルク(オーストリア/ブンデスリーガ優勝)
    ▶南野拓実(FW・当時21歳) 32試合・10ゴール
    ■2016-17ザルツブルク オーストリア/ブンデスリーガ優勝)
    ▶南野拓実(FW・当時22歳) 21試合・11ゴール
    ■2017-18ザルツブルク オーストリア/ブンデスリーガ優勝)
    ▶南野拓実(FW・23歳) 27試合・7ゴール
    左右のウィングやFWなど、2015年1月の加入後から複数ポジションをこなしながらも、コンスタントにゴールを決め、今季に至るまで4度のリーグ制覇を経験した。ザルツブルクでの通算出場試合数は130試合に達し、今年2月に契約を2021年5月末まで延長した。

    ■2015-16 レスター(イングランド/プレミアリーグ優勝)
    ▶岡崎慎司(FW・当時30歳) 36試合・5ゴール
    初のプレミアリーグ挑戦となったこのシーズン、最前線からプレスをかけ続ける役割を全うし、「ミラクル・レスター」と呼ばれた歴史的チームの一員に。ゴール数こそ少なかったが、第30節ニューカッスル戦で見事なバイシクルを決めるなど、インパクトを残した。

    ■2015-16 アストラ(ルーマニア/リーガ1優勝)
    ▶瀬戸貴幸(MF・当時30歳) 15試合出場・0ゴール(途中加入)
    2016年1月にトルコのオスマンルスポルから9シーズンを過ごした古巣に電撃復帰して、クラブ史上初のリーグ優勝に貢献した。現在、アストラで在籍12シーズン目を迎え、ヨーロッパでの同一クラブに所属する日本人選手として歴代最長記録を更新中だ。

    ■2017 HJKヘルシンキ(フィンランド/ヴェイッカウスリーガ優勝)
    ▶田中亜土夢(MF・当時30歳) 23試合出場・3ゴール
    加入3年目を迎えた田中は3ゴール12アシストを記録するなど、10番としての役割を全う。リーグ戦、カップ戦の2冠に輝き、フィンランド・リーグを代表するアタッカーに成長した。契約満了に伴い惜しまれつつも退団し、現在はセレッソ大阪に所属している。

    ■2017-18ガラタサライ(トルコ/スュペル・リグ優勝)
    ▶長友佑都(DF・31歳) 15試合出場・0ゴール(途中加入)
    8シーズンにわたり在籍したインテルを離れ、2018年1月に期限付き移籍で加入。以降、リーグ戦では全試合フル出場。3アシストをマークし、リーグ制覇に貢献した。長友にとっては2010-11シーズンにインテルで獲得したコッパ・イタリア以来となる2度目のタイトルとなった。


    ガラタサライで念願のリーグ優勝を果たした長友 [写真]=Getty Images


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    “日本愛”を掲げるパトリックは今季早くもリーグ戦10ゴール目を記録

     現在、J1で得点王を走るのは、10ゴールを記録しているサンフレッチェ広島のブラジル人FWパトリックだ。このエースストライカーによる大車輪の活躍もあり、チームも第15節終了時点で2位に勝ち点9差をつける好スタートを切っている。

     パトリックは以前から自身のSNSを通じて、日本帰化への熱い思いを発信している。一方で、現時点では帰化が実現しなかったことも明かしていた。

     米スポーツ専門テレビ局「ESPN」ブラジル版は、そんな“日本愛”に溢れるブラジル人ストライカーを特集。「今ではアジアにおけるアイドル、そしてトップスコアラーになった」と見出しを打って紹介している。

     2013年に川崎フロンターレに加入して以来、長きにわたって日本で活躍しているパトリックだが、当時ブラジルではどのような日々を送っていたのだろうか。

    「あの頃、僕は真面目にウォッシャー(洗う仕事)として働いていた。学校帰りの夜に、機械や車を洗いに行くんだ。そして、次の日に早起きしてトレーニングに向かうんだよ」

     パトリックは同メディアで当時の苦労話を明かした。しかし、そんな過酷な日々でも、努力を怠ることはなく、仕事とサッカーを両立させながらゴールネットを揺らし続けた。その結果、プロクラブの目に留まり、2005年に初めて契約を結ぶまでになり、その後頭角を現したストライカーは、フルタイムでプレーする選手にまでなった。


    当時から光っていたチャンスをつかみ取る勝負強さ

     2007年にはパイサンドゥという国内強豪クラブが親善試合を行いにパトリックの住む小さな街を訪れた。その際、監督からプレーしてみないかと打診されたという。パトリックは即座にそれを「チャンスだ」と理解した。そして、その試合でゴールを奪ったパトリックは、その後パイサンドゥとの契約をつかみ取った。

     それから約10年が過ぎ、現在はJリーグで戦うブラジルの重戦車は、機械や車を熱心に洗っていた当時と変わらずピッチ上で90分間ハードワークに努め、そして、パイサンドゥの契約を勝ち取った時と同様に、決定的な場面でチームを救うゴールを奪い続けている。パトリックのサクセスストーリーは、今もなお進行中だ。


    (Football ZONE web編集部)

    広島FWパトリックは、今季早くもリーグ戦10ゴールを挙げている【写真:Getty Images】


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