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強豪レンジャーズ戦で見事なボレー弾、敵将ジェラードも苦笑い

ダイレクトしかなかったですね。トラップするというのはなくて、咄嗟に左足が出ました」

 これが10月19日スコットランドの強豪レンジャーズ戦で見事なボレーを決めて先制点を奪ったハーツFW食野亮太郎の、試合後の第一声だった。あの一瞬で「ダイレクトしかなかった」と、しっかり状況判断していたのだ。

 本人は「ほんまに何か上手いことボールがこぼれてきてくれた」と話したが、目の前に相手GKのクリアボールが跳ね返ってきたのは完全なる僥倖(ぎょうこう)。しかもボールは浮き球で、ボレーで合わせるのは案外難しい。あのようなケースクロスバーの上を大きく越えるシュートを打ってしまうストライカーは山ほどいる。

 ところが食野は浮いたボールにしっかりと左足のインサイドを合わせ、しかもゴール左隅にループで飛び込むように、しっかりコントロールした。

ループは狙いました。(ボールは)ちょっと浮いていましたね。でも、ああいうのって基礎です。小っちゃい時から親父と弟と3人で、公園でずっと蹴っていたボール。よく練習していたので、それが染みついた体で自然に出たゴールだった。だから親も、すごく喜んでくれたんじゃないかなと思います」

 父と弟と一緒に、子供の頃から練習した浮き球への対応。それがレンジャーズという強敵相手の一戦で実を結んだ。ここしかないというシュートコースに決めた初ゴールに続き、またも質の高いゴールで逸材の片鱗をさらに露わにした。

 このゴールに関しては、敵将スティーブン・ジェラードも苦笑いするしかなかった。

 それもそうだろう。代表ウィーク直前に宿敵セルティックを抜いてスコティッシュ・プレミアシップの首位に躍り出たのも束の間、結局食野のゴールでこの試合を1-1ドローで終え、前日に勝利したセルティックに勝ち点で並ばれた。そして得失点差は「+21」の同点ながら、総得点数で抜かれるという、まさに首の皮一枚の差で首位を明け渡したのだから、面白いわけがない。

U-22日本代表遠征で得た気持ち良さ 「代表のみんな上手かったし、楽しかった」

 だからこそ、元リバプールヒーローで、監督となった今でも英国サッカー界で燦然と輝くスターであるジェラードは、「我々にとっては良いゴールではなかった」と、まずはその気持ちを正直に打ち明けた。

 しかし21歳の日本人FWに関しては、「闘志があり、しっかり(こっちのサッカーで)戦えている。あのゴールでも分かるように、クオリティーのあるところも見せた。(この試合の)食野はよくやった。感心したよ」と続けて、敵ながらあっぱれという談話を残した。

 食野本人は、試合前から良い予感がしていたという。それはU-22日本代表への初招集で「自分自身、気持ち良くいいプレーをして帰ってきた」ことが起因していた。その気持ち良さが、「今日はなんとなくいけるなっていう、なんの予感もないですけど、自分の中で勝手に思って」という、良い思い込みにつながり、実際にゴールを生んだのだ。

 敵地でU-22ブラジル代表に3-2で競り勝った遠征では、「点を取れなかったことは反省している」と振り返ったが、「ある程度、自分のプレーができたという面では自信も持てたし。代表のみんな上手かったし、楽しかった」と話して、初めて代表に選ばれた嬉しさを素直に表した。

 また、「スコットランドに来て良かったなと、すごく思った。こっちはすごくタフですし、(相手の)体がデカいし強いから、ブラジルの選手が華奢に見えた。そういった面で、プレッシャーの面とかも、こっちにきてほんまにまだ2カ月弱ですけど、上手い具合に成長できているなと思います」と語り、Jリーグガンバ大阪からマンチェスター・シティに完全移籍し、その後スコットランドレンタル移籍したことで、すでにフィジカルのレベルが上がり始めていることを実感している。

 こうなれば、今後もスコットランドで鍛えて成長しながらU-22代表のレギュラーを狙い、来年は東京オリンピックに出場。そしてその後は、A代表にも選出されたいという欲も出るはずだ。

 しかし、食野の思惑はちょっと違う。

「(東京オリンピックの代表に)入れないとか入れるとか、そういうことは思っていない。とりあえず、こっちで結果を残したい。オリンピックだけがすべてではないし。僕は今、マンCに戻ることだけを考えているんで」

欧州とは真逆の価値観、日本では代表定着がスター選手への絶対条件

 この食野の発言は、英国で長年にわたって日本人選手を取材している筆者にとっては新鮮な驚きだった。

 というのも、これまではどうしても日本人選手の場合、代表選手になるのが大目標であり、スター選手になるための絶対条件という意識が強いという印象があったからだ。

 もちろん、1998年日本代表フランスワールドカップ(W杯)に初出場したからこそ、日本におけるサッカー人気はそれまでとは比較にならないほど大きく、広く、高く、スケールアップした。だから人気の中心に代表チームがあるのは仕方がないし、当然のようにここにサッカーファンの注目も集まる。

 一方、本場ヨーロッパに比べて、クラブサッカーに対する関心は弱い。というか、確実に規模が小さくなるような気がする。代表戦は見るが、クラブの試合を毎週追うファンは確実に少ない。

 ヨーロッパの中でも特にイングランドプレミアリーグとなれば、ファンは代表戦よりさらに熱い視線を注いで、サポートするクラブの試合に一喜一憂する。

 基本的に選手も、代表よりクラブを優先する。プロとしての実質的な評価も、クラブでの活躍で決まる。もちろん、W杯優勝はサッカー選手としての究極的な夢だが、実際の話、代表は名誉職のようなものだ。

 ビッグクラブの所属選手となれば、その傾向はなおさら強くなる。頑張るのは代表戦で良いところを見せて、さらにレベルの高いクラブに移籍したい選手だろう。

 それに、もしも代表戦のパフォーマンスのほうがクラブの試合よりも良いという判断をされたら、どんなに人気が絶大でも放出されてしまう危険も出てくる。

 2003年マンチェスター・ユナイテッドからレアル・マドリードに移籍したデイビッド・ベッカムなどはその良い例だ。もちろんベッカムには他にも、2002年日韓W杯で世界的なサッカーアイドルとなり、当時スパイスガールズメンバーで人気絶頂だったヴィクトリア夫人との結婚で、華やかになるばかりだった私生活にも問題はあった。しかし、代表主将に抜擢されたことで、ベッカムパフォーマンスが代表を優先しているとアレックス・ファーガソン監督に疑われたことが、この時の移籍の根本にある。

 これは余談になるが、イングランド代表の結果が常に期待以下に終わるのも、要求が厳しく高いプレミアでの燃え尽き症候群が、その大きな要因ではないだろうか。

 それはさておき話を戻すと、日本のサッカー選手の状況はこれと真逆で、代表を中心に回っていると言っても過言ではないだろう。

日本代表にこだわらない食野が挑む“超一流中の超一流”への道

 しかし、それも無理もない、日本では代表選手にならなくては注目されない。プロとして、それは存在意義の問題でさえある。注目されなければスポンサーもつかない。実際、メディアも代表選手であるかどうかが取材の優先基準になっているし、記事の扱いの大きさも違う。

 しかしそんな状況で、食野は代表にこだわらないのだ。

 現在の食野のサッカー選手としての大目標――というより唯一の目標は、「マンチェスター・シティレギュラーになること」の一点である。これはある意味日本人選手としては革命的な意識ではないだろうか。

 日本サッカーもW杯初出場を果たしてから21年。今では多くの選手が、ヨーロッパを主戦場にしている。

 中田英寿を皮切りに、小野伸二や稲本潤一、中村俊輔から香川真司岡崎慎司本田圭佑の世代を通り過ぎて、新時代の始まりに見える現在の日本代表チーム。その予備軍と言える食野の世代になって初めて、「代表よりクラブ」というヨーロッパ基準の感覚が芽生え始めたのだろうか。

 ただし、逆説的には食野がシティのレギュラーとなれば、自動的に日本代表レギュラーの座が転がり込むのは間違いない。なんと言ってもあそこは、今季のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)の優勝候補。代表チームで言えばブラジルフランスドイツアルゼンチンといった存在に匹敵する。そこの一軍まで登り詰めれば、日本代表監督が放っておくわけがない。

 シティのレギュラーへの道――それは現在の世界のクラブサッカー界で、超一流中の超一流に登り詰める道であり、日本人選手でなくとも壮大な夢への道のりである。食野はその道筋をしっかりと見つめ、スコットランドで成長することをその第一歩としている。(森 昌利/Masatoshi Mori)

ハーツFW食野亮太郎はレンジャーズ相手に移籍後初ゴール【写真:Getty Images】


(出典 news.nicovideo.jp)