(出典 i.daily.jp)



憧れ続けたスペイン挑戦で直面した「日本人はまだまだ甘い」現実

 今季のスペインリーグは、日本のサッカーファンにとって例年以上に熱い。日本代表MF久保建英が名門レアル・マドリードと契約し、同じ1部マジョルカでプレーするほか、2部にもMF香川真司(サラゴサ)、MF柴崎岳(デポルティーボ・ラ・コルーニャ)、FW岡崎慎司(ウエスカ)と日本代表戦士が活躍の場を移したからだ。ジュビロ磐田FW大久保嘉人も、かつて3人目の日本人選手としてリーガプレーした経験を持つ。何を求めてスペインへ渡り、どんな収穫を得たのか。

 大久保アテネオリンピック後の2004年11月セレッソ大阪からマジョルカへ期限付き移籍。選手登録が解禁された翌年1月、元日本代表FW城彰二(バジャドリード)、元日本代表FW西澤明訓(エスパニョール)に次ぐ史上3人目の日本人選手としてリーガ・エスパニョーラピッチに立った。大久保は、香川や岡崎が同様、「昔から(スペインへ)行きたかった」思いがあったという。

スペインサッカーが面白いし、テレビで観ていた選手がたくさんいましたから。ドイツや他(のリーグの話)もあったけど、行く気はさらさらなかったですね」

 当時はまだ“欧州組”が珍しかった時代。スペイン1部でのチャンスを勝ち獲った大久保も、日本との違いに直面した。

「あの時は今と違って、日本人がなかなか海外に行けなかった。現地で『日本にはプロがあるのか』とみんなに聞かれるような状況で、自分が行けたというのは逆にすごく良かったと思います」

 言葉の適応は「難しかった」という大久保。外国籍選手の勝利に懸ける闘争心は、日本と比べて群を抜いていたと証言する。

「技術面は日本人のほうが全然上手いです。でも、彼らは小さい時から、勝ちにこだわる気持ちを強く植えつけられているんです。自分も日本人の中では強いほうだと思うけど、彼らの中では普通になっちゃいました(苦笑)。あと、試合になるとガラッと変わるというか、『そんなこともできるんだ』というようなことをやったりする。ああ、こういうとこが違うなと。日本人はまだまだ甘い。歴史が全然違うし、最初は追いつけないなと感じました」

「マジョルカでめちゃくちゃ変わった。その前の自分のままやっていたら…」

 大久保はマジョルカ加入1年目にリーグ戦13試合3得点、レンタル期間を延長した05-06シーズンは26試合に出場して2得点の成績を残した。「自分がやってきたことが(世界のトップリーグで)どれだけ通用するのかを試せたし、こういうプレーしたらいいんだと学べました」と振り返る。

「マジョルカに加入した時の自分と今の自分は、まるで別人のようにプレースタイルが変わりました。入った頃は正直、周囲のことを考えていませんでした。ボールを持ったら全部ドリブルして、『俺がやる』という感じだった。でも、これじゃ通用しないなと。周囲のことを考えてスペースを空けてあげるとか、ここにボール出てきたら次はあそこに出しだらチャンスになるなとか、DFに(コースを)切られてそこに出せなくても今度はあっちがチャンスルートがあるなというのを、見て考えるようになった。

 最初は癖になってる部分もあって難しいなと思ったけど、でもどうしたら周囲を生かせるか、そのなかで自分も生きるかということを、ミスをしながら繰り返しました。そうするうちに余裕ができて、DFが来てもこのDFを引きつけておいて後はこうすればいいと考えるようになって、それができるようになった。マジョルカでめちゃくちゃ変わりましたね。もし、その前の自分のままだったら、たぶんここまでサッカーをやれてなかったかもしれません」

 香川や岡崎らベテランにとってはもちろん、バルセロナ下部組織の所属経験を持つ久保にとっても、スペインでの時間は今後のキャリアを見据えたうえで貴重なものになるだろう。(Football ZONE web編集部)

マジョルカ時代のFW大久保【写真:Getty Images】


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