(出典 www.theworldmagazine.jp)



 南米選手権エクアドル戦、勝てば決勝トーナメント進出が決定する大事な試合、1-1で時間が流れ、後半終了間際だった。

 久保建英がGKが弾いたボールゴールに押し込んだ。オフサイドの旗が上がり、レフリーがVARの判定を待つ。

 だが、判定はオフサイド

 決まっていればヒーローになれたが、それでも久保は南米のチーム相手にガチンコ勝負を挑み、堂々と渡り合っていた。

レアル・マドリー移籍をどう見るか

 世界の強豪クラブであるレアル・マドリーと契約した18歳サッカー選手は、南米でも大きな注目を浴びた。連日、各国のメディアが押し寄せ、久保をマークしていた。だが、久保にとっては特別なことではなかったのかもしれない。バルセロナの下部組織でプレーしていた頃、注目され、ある時は痛烈な批判にさらされるなど、過度のプレッシャーの中でプレーしていたトップ選手の姿を傍で見てきていたのだ。視線を浴びてもまったく動じることなく、自分のプレーを披露した。それがまた“伝説”に拍車をかけ、評価は右肩上がりとなった。久保のレアル移籍は、もはや世界的な関心事といえる。

 レアルへの移籍が報じられた時、移籍そのものの是非を問うような報道もあったが、それは日本人選手の過去の海外移籍を見ての議論だろう。

 日本人選手がいきなりビッグクラブに引き抜かれたケースは、久保が初めてではない。2001年には稲本潤一がプレミアリーグの名門で、当時ベンゲル監督が指揮をとっていたアーセナルに移籍し、2011年には宇佐美貴史ドイツの強豪であるバイエルン・ミュンヘンに移籍した。

 この移籍の成否はどうだったか――。

稲本、宇佐美の移籍と比較すると……

 稲本は、リーグ戦に1試合も出場することなくチームを去った。その状況だけを見れば成功とはいえない。だが、先を考えて獲得した選手が力を発揮できずにチームを離れていくことは欧州ではよくあること。稲本はその後、10年近くに渡って海外でプレーし、日本代表としてプレーした。これは当時のアーセナルが合わなかっただけで、稲本のサッカー人生が失敗したわけではない。

 久保にとって理想的な展開は、レアル・マドリーで活躍する選手になることだ。

 だが、仮にそれができなくても、稲本のように海外でクラブを渡り歩き、サッカー選手としてキャリアを積めれば、それは久保自身にとってはプラスと言えるだろう。

 ただ、久保が稲本や宇佐美と違うのは、13歳までバルセロナの下部組織の選手としてプレーしていたということだ。つまり「出」が違う。日本に逆輸入されて再度、欧州に出ていくわけだが、こういうキャリアはこれまでの日本人選手には前例がない。

久保個人にとってはメリットしかない

 それゆえに過去の日本人選手と照らし合わせて移籍の成否を予見することは難しいが、久保個人にとってはメリットしかないだろう。

 最初の海外移籍は、よく「身の丈に合ったクラブで」とか、「ステップアップできる国のリーグで」という声が聞かれるが、久保はそういう選手ではない。学びの世界に例えれば、久保はオックスフォード大学から誘いを受けるほど優秀だということだ。世界的に評価されたタレントを持った選手が質の高いリーグチームで挑戦することは、自然な成り行きだ。

 また、久保は日本人選手が海外で障害となる言葉の問題がなく、スペインサッカーもよく知っている。何も知らない状況でポンとビッグクラブに放り込まれ、チームサッカー、言葉に慣れるまで時間を要し、苦労した選手たちとは異なり、容易にチームに溶け込めるはずだ。

優秀な選手に囲まれるほど良さを発揮できるタイプ

 選手が成長する上で重要になってくるのが、指導者やチームメイトの質だ。

 レアルトップチームの監督はジネディーヌ・ジダンチームにはルカ・モドリッチ(クロアチア代表)を始め世界トップレベルの選手が集まっている。練習時からW杯のような環境に置かれるわけで、トップの試合になれば世界オールスターズのようなチームで試合ができる。久保の凄さは「判断をともなう技術の高さ」だが、優秀な選手に囲まれるほど自分の良さと力を発揮できるタイプトップ選手とプレーすることで自分の良さに磨きがかかるだろうし、自分にない質の高いものを習得することができる。もちろんサッカーだけではなく、サッカー外の世界に触れて、自らの見識を高めることで人間的な成長も可能になるだろう。すでに落ち着き払った言動は18歳には見えないが、このまま年を重ねて成長していけば将来、プロサッカー選手としてどんなレベルの選手になっていくのか、ちょっと想像がつかない。

 また、久保が活躍すれば日本人選手の評価が上がり、国内でさらにチャンスをつかむ選手が出てくるかもしれない。そういう意味では久保のレアル移籍は、久保個人はもちろん日本サッカー界の未来に関わってくる事例に思える。

移籍のデメリットはあるのだろうか

 では、レアル移籍のデメリットはあるのだろうか。

 例えば、育成年代で世話になったバルサを裏切ったと言われるが、そうだろうか。

 バルサの提示は年俸25万ユーロ(約3000万円)、バルサB登録という契約。レアルの提示は、年俸100万ユーロ(約1億2000万円)、トップチームとカスティージャ(レアル・マドリードB)で登録。ふたつの条件の差は明白だ。自分を高く評価し、契約にそれを反映してくれるところを選択するのがプロ。欧州のサッカー界でプレーする選手は、概ねそう割り切っているし、ファンもそのことを理解している。

 日本サッカー界にとっては、日本人選手が高く評価され、久保の個人的能力を高めるためにレアル移籍は大きなメリットだ。しかし、日本代表、とりわけ東京五輪を控える東京五輪代表の活動については不安が残る。久保の五輪出場はレアルからかなりの制限を受ける可能性があるからだ。リオ五輪の時も久保裕也ヤングボーイズから五輪チームへの参加について認めない旨がリリースされ、最終的に辞退ということになった。久保裕也を大きな戦力として考えていた手倉森誠監督は非常に厳しい決断を突き付けられ、最終的にグループリーグ突破ができなかった。所属クラブは選手の疲労の蓄積や故障にナーバスになり、そのことを憂慮しての判断だが、久保も同様の判断が下される可能性が高い。そのためにもレアルとの契約の際、東京五輪出場についての項目を入れられるかどうか。もっとも久保自身が東京五輪出場に魅力を感じていないのであれば久保の枠に誰かが入るだけになる。

一の心配は怪我

 唯一の心配は、怪我だ。

 サッカー選手の足の感覚は独特で、個性的だ。そのため大きなケガを負うと以前の感覚でプレーできなくなり、苦しむことになる。かつて小野伸二1999年シドニー五輪予選で負ったケガの影響で、以前の感覚を失い、苦しんだ例がある。久保は南米選手権では相手のガツガツした当たりにも屈せず、鍛えてきた体幹の強さを見せつけていた。それでも不意や悪意のあるファールがあるので、要注意だ。

「(自分の技術を)出せなかったものもあるかもしれないですけど、出せたものが今できること。やりきったかなと。(ゴールは)入る日もあれば入らない日もある。結果論でしかない。これでサッカーは終わりじゃないので、次に向けて頑張りたい」

 南米選手権グループリーグ敗退が決まった後、久保はそう言った。

 まだ、18歳だが、サッカー的には成人しているかのようなコメントだ。自分なりに出来たことを冷静に把握し、同時に物事を達観した見方をしている。

 日本にまだ前例がない新しいドアを押し開く存在である久保への注目は、今後さらに過熱していくだろう。そんな中、冷静にかつ堂々とベテラン風に対応する久保の言動には、すでに本物の“薫り”が感じられる。

 令和の怪物伝説がこの夏、いよいよスタートする。

(佐藤 俊)

エクアドル戦で堂々の活躍を見せた久保 ©山田一仁/Kaz Photography


(出典 news.nicovideo.jp)