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イングランド代表MFマイケル・キャリック氏が、2004年アーセナル移籍に迫っていたことを告白した。イギリスメトロ』が伝えている。

遡ること2004年、当時ウェストハムに所属していたキャリック氏は、ある日突然アーセナルからの電話が鳴り、アーセン・ヴェンゲル監督に招待されたという。その時のことをこう振り返っている。

「私はアーセン・ヴェンゲルで座っていた。身がはち切れそうだったよ。『何が起こってるんだ?! 相手はアーセナルだぞ!』ってね」

2004年アーセナルと言えば、ティエリ・アンリデニス・ベルカンプパトリック・ヴィエラ、ロベール・ピレスを擁し、2003-04シーズンにはプレミアリーグ敗優勝を成し遂げた、通称“インビンシブルズ”として讃えられた最強チームだった。その指揮官であるヴェンゲルと直々に話をするなど、緊しない方が理というもの。

々は1時間ほどフットボールの話をしたんだ。ヴェンゲルは週末にマンチェスター・ユナイテッドとのコミュニティシールドを控えていた。それなのに私に1時間も費やしてくれたんだ。彼は自分に興味があるのか? 『また会おう』ヴェンゲルはそう言って別れたんだ」

「試合の日、私は自宅でアーセナルの試合を見ていた。自分のチームになる試合をね。そこでセスク・ファブレガスというまだ17歳だった少年を見たんだ」

ファブレガス素晴らしい活躍を見せたけど、そこまで重要な選手になるとは思っていなかった。試合の日の、私は連絡を待った。待ち切れなかった」

「だが、待てど暮らせど電話は一向に来なかった。次の日、私はウェストハム練習に行かなければならなかったから、代わりにデイビッド(代理人)が電話をしたんだ。そしたらデイビッド・デイン(当時のアーセナル副会長)からこう言われた。『すまない、監督マイケルは必要ないと言っている。ファブレガスがいるから。本当にすまない』とね。ファブレガスはヴェンゲルの気持ちを変えてしまったんだ」

「本当に落ち込んだよ。心はすでにアーセナルにあったからね。私は気持ちの整理がつかなくなった。どうしたらいいかわからなくなっていたんだ」

アーセナル移籍があと一歩のところで実現しなかったキャリックはその年にアーセナルの最大のライバルであるトッテナムに加入。その2年後、マンチェスター・ユナイテッドへ移籍を果たしたキャリックの活躍は言うまでもない。

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