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 現在サッカー界における“童”と言えば、パリ・サンジェルマンに所属するフランス代表FWキリアン・ムバッペの名前が挙がるだろう。今に行われた2018 FIFAワールドカップ ロシアでは、優勝を勝ち取るとともに、ベストヤングプレーヤー賞にもいた。また8日には、フランスサッカー専門誌『フランスフットボール』が発表した2018年バロンドール補者30名に選出。今年新設された21歳未満の選手を対に贈られる若手版のバロンドール「コパ・トロフィー」の補者にも名を連ね、両部門にノミネートした一のプレーヤーとなった。

 今や“時代の寵児”となったムバッペの凄さを表すデータの一つが、得点数だろう。12月20日20歳の誕生日を迎える同選手は、モナコでのトップチームデビュー以降、クラブと代表の公式戦で64ゴールを記録(注:際親善試合でさらに3ゴールを記録)。もちろん、同世代で肩を並べる者はいない。

 では、他の多くの名だたる選手たちは20歳のとき、どのような功績をあげていたのか。イギリスサッカーサイトSquawka』が、かつて“童”と呼ばれたスーパースターたちとの較を行っている。

写真=ゲッティイメージ

ティエリ・アンリ(元フランス代表FW) 11ゴール


ムバッペがモナコデビューして以来、「プレースタイルが最も似ている」として較の対に挙げられてきたのが、レジェンドであるティエリ・アンリ氏だ。フランス代表では51ゴールを挙げて、同の最多得点記録を保持している。しかし、同氏が20歳のころはまだウインガーとしてプレーしており、現在のムバッペほど多くのゴールを挙げていなかった。才を開させたのは、21歳で加入したアーセナルで活躍してからのことになる。

クリスティアーノ・ロナウドポルトガル代表FW) 20ゴール


ムバッペが子供の頃に憧れていたクリスティアーノ・ロナウド20歳のとき、マンチェスター・Uの一員としてタイトルを手にし、地元開催のユーロ2004ではを準優勝に導く活躍を見せていた。だが彼もまた、アンリ氏と同じくウインガー出身で、当時は得点を奪うことよりも1対1を制することを一番の喜びとしていた。それ故、得点数は現在のムバッペの3分の1以下だった。

リオネル・メッシアルゼンチン代表FW) 27ゴール


リオネル・メッシ20歳の誕生日を迎えたのは、2007年6月のこと。その頃には、2度のリーグ優勝と1度のチャンピオンズリーグ優勝を経験していた。さらに、レアル・マドリードとの“エル・クラシコ”ではハットトリックを達成。ヘタフェ戦では伝説の「5人抜き」を披露するなど、数々の伝説を残していた。ただし当時のバルセロナは、キャリアのピークを迎えていた元ブラジル代表FWロナウジーニョ中心のチームであり、メッシの得点数も“わずか”27ゴールだった。

アレシャンドレ・パト(元ブラジル代表FW) 39ゴール


16歳のときにブラジルの名門インテルナシオナルでトップチームデビューを果たすと、18歳ミランへ移籍。すると、セリエAだけでなく、ブラジル代表でもデビュー戦で初ゴールを奪う快挙を成し遂げた。20歳の時点で公式39ゴールを奪っていたのだから、世界最高峰の選手になる資格は十分にあったはずだ。しかし、その後は度重なるケガに悩まされ、成績は右肩下がり。ブラジルに帰したあと、イングランドスペインを経て、現在中国スーパーリーグ天津権健でプレーしている。

ウェイン・ルーニー(元イングランド代表FW) 43ゴール


現在メジャーリーグサッカー(MLS)のDCユナテッドで活躍するウェイン・ルーニーも、かつて“童”と称された一人だ。16歳のとき、エヴァートンプレミアリーグデビューを果たすと、17歳111日でイングランド代表デビュー。これは当時の最年少記録だった。またマンチェスター・Uでは、チャンピオンズリーグデビューとなったフェネルバフチェ戦でハットトリックを達成するなど、10代とは思えないフィジカルシュートで、数々の記録を塗り替えた。代表通算53ゴールは今も破られていないである。

セルヒオ・アグエロアルゼンチン代表FW) 44ゴール


セルヒオ・アグエロアルゼンチンインペンディエンテでトップチームデビューを飾ったのは、わずか15歳のとき。英雄ディエゴ・マラドーナ氏が持つ最年少出場記録を塗り替える偉業だった。さらに20歳を迎えるシーズン2007-08)にはアトレティコ・マドリード公式戦27得点をマーク。記念の誕生日から2カ後には、北京五輪で優勝を果たしている。得点数はムバッペに及ばないが、フランスストライカーに負けず劣らず特別な選手だったことが分かるだろう。

ネイマールブラジル代表FW) 48ゴール


ネイマール20歳のとき、まさに今のムバッペと同じような遇だった。「ブラジル宝石」と呼ばれ、サントスではコパ・リベルタドーレス制覇を経験。FIFAクラブワールドカップ2011では、リオネル・メッシ擁するバルセロナ敗したものの、同年の南年間最優秀選手賞に選出されている。その後の活躍は説明するまでもないが、一の不満があるとすれば、今もそのポテンシャルを十分に生かし切れていないことだろうか。

マイケル・オーウェン(元イングランド代表FW) 48ゴール


童”と言うよりも、“ワンダーボーイ”という呼び名の方がよく知られている。1998年フランスワールドカップで、アルゼンチン相手に決めたドリブルからのスーパーゴールは、ムバッペがロシアW杯世界中に与えたのと同じくらい衝撃的なものだった。2001年には、リヴァプールカップ3冠達成の原動となり、当時22歳でバロンドールを受賞。ただ彼もまたケガに苦しみ、33歳の若さ引退を余儀なくされた。

ラウール・ゴンサレス(元スペイン代表FW) 59ゴール


奢な身体で、なおかつ手なプレースタイルではなかったため、他の選手ほど世界に与えたインパクトは大きくなかったかもしれない。しかし20歳のときには、あのレアル・マドリード100試合以上に出場し、2度のリーグ優勝を勝ち取っていた。奪ったゴール数もムバッペとそう変わりがなく、間違いなく“童”の一人に数えられる。

ロナウド(元ブラジル代表FW) 92ゴール


ムバッペがさらに上を行く可性があるとはいえ、20歳の時点で三桁に迫るゴール数を記録していたのだからサッカー史上最高の選手だったと言える。出場機会こそなかったが、1994年アメリカW杯では当時17歳で優勝を経験。その直後にPSVに加入すると、2シーズン公式54得点を記録した。ヒザの大けがによってキャリア後半はプレースタイルの変更を余儀なくされたが、全盛期にはムバッペのスピードネイマールテクニック、さらにC・ロナウドパワーを併せ持った「フェノーメノ(怪物)」として、多くの敵に恐れられる存在だった。

(記事/Footmedia

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