Football Select

サッカーの事についてまとめています。 日本サッカー(J1・J2 etc) 海外サッカー(プレミア・リーガ・セリエA・ブンデス etc) 掲載しています。 良かったら覗いてください。



    (出典 sport-japanese.com)



    1 Egg ★ :2017/12/20(水) 12:36:35.91 ID:CAP_USER9.net

    「クラシコ」を前に、『Goal』スペイン版はそれぞれのクラブの歴代ベスト11を選出

    ■GK:ビクトル・バルデス| 2002-2014|
    クラブの歴史上最も成功を収めたゴールキーパー。デビュー後の数シーズンは難しいときを過ごしていたが、素晴らしい反応を活かしたシュートストップ、そして足下の技術の高いゴールキーパーへと進化を遂げた。バルサが10年に渡りヨーロッパのサッカー界を支配したティキタカ・スタイルの起点となった。

    ■DF:ダニエウ・アウベス| 2008-現在|
    セビージャから3,000万ユーロ(約40億円)の移籍金でやってきたアウベスは、カンプ・ノウで世界最高の右サイドバックとしての地位を確立した。ペップ・グアルディオラが率いたチームの重要な選手であり、最高のアスリートとしての能力を持ち、誰も右サイドで躍動する彼を止めることはできなかった。

    ■DF:ロナルド・クーマン| 1989-1995|
    カタルーニャでの6年間で102ゴールを記録し、クラブの歴史上最も得点を決めたディフェンダーだ。1992年のヨーロッパカップ決勝でサンプドリア相手に決勝ゴールを決め、バルセロナに初のヨーロッパカップでの優勝をもたらしたヨハン・クライフ率いる“ドリームチーム”の一員である。

    ■DF:カルレス・プジョル| 1999-2014|
    偉大なセンターバックは、クラブに専念したシーズンのあと、引退した。彼のバルサでの記録は他の追随を許さぬもので、6度のラ・リーガ優勝と3度のチャンピオンズリーグ優勝を収めている。鉄壁のディフェンダーであり、真のリーダーであった。

    ■DF:ジョアン・セガッラ| 1949-1965|
    1950年代に優勝を数多く達成した時のキャプテンであり、クラブ史上5番目にスペイン代表でのキャップ数の多い選手である。セガッラはピッチの上では全てを出し切ったが、常に相手に敬意を示し、汚いプレーを見せることは決してなかった。彼のフェアプレーはチームメートのみならず、相手選手からも称賛された。彼のキャリアを通して、相手選手を蹴ってしまったのはたった1度であり、それもアクシデントだったというのは有名な話である。

    ■MF:ヨハン・ニースケンス| 1974-1979|
    そのエネルギッシュなミッドフィルダーは1970年代終盤にファンたちからの人気を集めた選手だ。素晴らしいフィジカルと決定力を持ち合わせた選手で、パワフルなペナルティーキックも有名であった。

    ■MF:シャビ| 1998-2015|
    シャビはサッカーの歴史上最高のミッドフィルダーの一人であり、クラブのシンボルでもある。539試合に出場し、15のタイトルと数多くの最高の思い出をもたらしてくれた。キャリアの終わりを迎えようとしているが、カンプ・ノウは今なお、彼が産み出した魔法のような瞬間の数々が忘れ去られないでいる。

    ■MF:ヨハン・クライフ| 1973-1978|
    トータルフットボールの具現者。3度バロンドールに輝いたクライフは、1973年にアヤックスから加入して以降、彼が世界最高額の選手であるにふさわしいことを証明した。スマートなプレー、比類ないテクニック、卓越したリーダーシップによりバルサは1974年に14年ぶりのリーガ優勝を果たした。後に監督としても多くのタイトルをもたらし、クラブには現在でも彼の影響が色濃く残っている。

    ■FW:ロナウジーニョ| 2003-2008|
    カンプ・ノウのピッチのうえで輝いた、史上最も才能溢れたサッカー選手の一人である。バルサに加入したときからすでにスターであったが、サンティアゴ・ベルナベウでレアル・マドリーのファンからスタンディング・オベーションを受けた数少ないバルサの選手の一人である。ロナウジーニョはバルサが魅力的な攻撃サッカーで名を馳せたことに大きく貢献し、それが後にペップ・グアルディオラの率いた時代のティキタカ・フットボールへと進化していったのだ。

    ■FW:アンドレス・イニエスタ|2002-現在|
    イニエスタはバルサの歴史上もっとも成功を収めた時代に攻撃的ミッドフィルダーとして中心的存在だった。自然体のタレント、というのがイニエスタを形容するべき言葉で、彼の足にはしばしボールがぴったりくっついて離れないようにも思えた。彼の視野の広さとテクニックは10年以上にわたりバルサのサッカーを体現し、ルイス・エンリケ監督の下でも重要なメンバーであった。

    ■FW:リオネル・メッシ| 2004-現在|
    史上最高のサッカー選手とも言われており、メッシは個人としても、チームとしても、バルサの選手として全てを勝ち取った。クラブがもっとも成功を収めた時期に4年連続でバロンドールに輝き、数々の記録を塗り替えて見せた。美しい左足をもつ、誰も止めることのできないドリブラーだ。

    12/20(水) 12:02配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171220-00010000-goal-socc


    【【リーガエスパニョーラ】<バルセロナの歴代ベスト11は?>フットボール史上最高の選手や稀代のファンタジスタ…】の続きを読む



    (出典 img.footballchannel.jp)



    1 Egg ★ :2017/12/20(水) 09:18:41.34 ID:CAP_USER9.net

    12月23日に行われる、レアル・マドリーとバルセロナというスペインの2強がプライドをかけてぶつかる「クラシコ」。世界が注目する欧州最高峰の戦いでは、数々の名選手がしのぎを削ってきた。

    豪華布陣!レアル・マドリー歴代ベスト11

    そんな「クラシコ」を前に、『Goal』スペイン版はそれぞれのクラブの歴代ベスト11を選出。今回は、ロス・ブランコス(レアル・マドリーの愛称)最高の11人を紹介する。

    ●GK:イケル・カシージャス| 1999-2015|

    2000年頃から、レアル・マドリー、そしてスペイン代表の正ゴールキーパーの座を守り続けた。3度のチャンピオンズリーグ制覇を含む、ロス・ブランコスの黄金時代においてキャプテンを務め、重要な役割を果たした。

    ●DF:チェンド|1982-1998|

    レアルでデビューを飾ってから497試合目までずっと勝者のメンタリティーを発揮し続けた。1997-98シーズンに自身7度目のラ・リーガ制覇とともにスパイクを脱いだ。

    ●DF:セルヒオ・ラモス|2005-現在|

    現在、世界最高峰のチームであるロス・ブランコスを束ねるキャプテンを務める。セビージャから加入して以来、ワールドクラスのディフェンダーに進化した。セットプレーも得意であり、ここ一番で見せる得点力は驚異的だ。

    ●DF:フェルナンド・イエロ|1989-2003|

    マドリーに在籍した14年間で、3度のチャンピオンズリーグ優勝、127ゴールを挙げ、ディフェンスラインの要として君臨した。

    ●DF:ロベルト・カルロス|1996-2007|

    サイドバックの歴史を変えてしまったブラジル出身の左サイドバック。通算527試合に出場し、4度のリーガ制覇、3度のチャンピオンズリーグ優勝をもたらした。爆発的なスピードとパワーを活かし、ブラジル代表としても2002年ワールドカップ優勝に貢献した。

    ●MF:ピッリ|1964-1980|

    10度のリーガ優勝をもたらしたレジェンドは、ディフェンダー、ミッドフィルダー、そして必要であればフォワードとしてもプレーをするという超ポリバレントな選手だった。

    ●MF:ジネディーヌ・ジダン|2001-2006|

    マジシャンのようにボールを扱い、そのプレーにはエレガントさと品格がにじみ出ていた。キャリア最後の5年間を「サンチャゴ・ベルナベウ」で過ごし、2002年のチャンピオンズリーグ決勝で見せたボレーシュートは史上最も美しいボレーであろう。選手として偉大な成功を収めた後、現在はロス・ブランコスの指揮官に就任。史上初のチャンピオンズリーグ連覇を成し遂げるなど、監督としてもクラブ史に名を残している。

    ●MF:アルフレッド・ディ・ステファノ|1953-1964|

    おそらく、世界最高のクラブであるレアル・マドリーを、最も体現した男であろう。1950年代のマドリーに新風を巻き起こし、5度のヨーロッパカップ制覇の立役者となった。

    ●MF:フランシスコ・ヘント|1953-1971|

    歴代最多となる6度のヨーロッパカップ優勝を経験。スピードとダイナミックさで、サイドを制圧した。ヨーロッパカップでは89試合に出場し、30ゴールを記録した。

    ●FW:クリスティアーノ・ロナウド|2008-現在|

    史上最高の点取り屋の1人であり、5度のバロンドール勝者である彼を形容する言葉を見つけるのは難しい。ディ・ステファノと同様に、レアル・マドリーを体現している選手だ。9年間で421ゴールを挙げ、クラブ史上最多得点者となり、数え切れないほどの記録を打ち立てている。

    ●FW:ラウール|1992-2010|

    「サンチャゴ・ベルナベウ」のアイコンだ。レアル・マドリーで18シーズンプレーし、3度のチャンピオンズリーグ優勝をもたらした。ピーク時には、比類ない決定力を誇り、世界最高の点取り屋の1人であった。マドリディスタの永遠のアイドルだ。

    12/19(火) 12:09配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171219-00000007-goal-socc


    【【リーガエスパニョーラ】<レアル・マドリードの歴代ベスト11は?>“史上最高のストライカー”やシンボルも…】の続きを読む



    (出典 amd.c.yimg.jp)



    1 Egg ★ :2017/12/20(水) 12:43:24.90 ID:CAP_USER9.net

    大物助っ人が行方不明? 神戸の元ドイツ代表FWルーカス・ポドルスキ(32)が、天皇杯準決勝のC大阪戦(23日・ヤンマー)と同決勝(来年1月1日・埼玉)を欠場することが19日、決定的となった。
    けがの診断と治療のため、2日のリーグ清水戦(神戸ユ)後にドイツへ一時帰国したが、この日までに再来日せず、連絡も取れていないことが分かった。

     C大阪との“関西ダービー”を4日後に控えても、神戸市内の練習場にポドルスキの姿はなかった。けがの具合や再来日する時期などの連絡がなく、
    吉田孝行監督代行(40)は「けがが長引くみたい」と困惑を隠せなかった。天皇杯の残り2試合は元ドイツ代表抜きで戦う覚悟を示した。

     ポドルスキは清水戦で股関節付近を痛めたもようで、後半17分に途中交代した。3~6日までのオフ中に都内で検査を受け、チームの許可を得て、ドイツに帰国した。
    清水戦から2週間以上たっても音沙汰はなく、帰国したことを知らなかった選手もいたという。初タイトル獲得に向けて、チームが一丸とならなければならない状況でスーパースターが水を差した。

     2014年ブラジルW杯優勝メンバーは、14年にC大阪入りした元ウルグアイ代表FWフォルランと並ぶ、Jリーグ史上最高の推定年俸6億円、約3億1200万円の移籍金で7月に加入した。
    大宮とのデビュー戦で2得点を挙げたが、公式戦18試合で5ゴールに終わった。大金に見合う結果は残せていない。

     吉田監督代行は退団の可能性について「それはない」と笑って否定した。一方で、別の関係者は「サッカー観の違いが出てきている。このまま戻って来ないかもしれない」と、大物助っ人にありがちな最悪のケースを恐れた。
    契約を2年残しているポドルスキは来季、神戸のユニホームを着ているのだろうか。

     ◆ポドルスキのこれまで

     ▼3月2日 神戸がトルコ1部ガラタサライから完全移籍で加入すると発表。

     ▼7月6日 関西国際空港に来日し、小型チャーター機で神戸空港に移動するVIP待遇。50社、120人の報道陣を含む約1000人が集まった歓迎セレモニーでは30分かけてサインに応じる“神対応”。

     ▼7月29日 大宮戦でJリーグデビュー。後半4分に左足で約25メートルのミドルシュートを決めると、同17分にヘディングで2点目を挙げ、3―1の勝利に導いた。

     ▼8月20日 4試合連続無得点に終わった横浜M戦の後は2試合続けて取材エリアを通らず、関係者が行方を捜す“失踪”騒ぎを起こした。

     ▼10月25日 天皇杯準々決勝の鹿島戦は1―1で突入したPK戦を5―4で制した。120分間フル出場し、17大会ぶりの4強入りに貢献。

     ◆Jリーグの主なお騒がせ助っ人

     ▼カフー 03年1月に横浜Mがブラジル代表DFと7月からの移籍で合意に達したと発表したが、6月に契約を解除して急転、ACミランに移籍。カフー側が迷惑料を含む違約金約7000万円を支払った。

     ▼エジムンド 03年に東京Vから浦和に移籍した元ブラジル代表FWは、規律を重視するオフト監督のチームづくりに適応できないという理由で、1試合も出場しないまま帰国。

     ▼イルハン 02年日韓W杯で活躍したトルコ代表FWは04年に神戸入団。4月に右膝を手術し、6月に無断帰国。3試合だけの出場で8月に退団した。

     ▼アルセウ 08年に札幌に加わったブラジル人MFは守備重視の戦術に対するサッカー観の違いを理由にわずか7日目の超スピード退団。

    12/20(水) 6:05配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171219-00000312-sph-socc

    写真

    (出典 lpt.c.yimg.jp)


    2017/12/20(水) 06:12:28.84
    http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1513717948/


    【【J1】<ポドルスキ(ヴィッセル神戸)行方不明!>ドイツへ帰国2週間連絡なし 天皇杯準決勝&決勝欠場へ!】の続きを読む

    このページのトップヘ